節足動物の頭部には食物を摂食し,かみ砕く口器があるが,これは胚の口陥前後に生じた付属肢から分化した一群の器官からなるものである。付属肢は1対ずつあるのが原型であるが,口器では二次的に癒合するものもある。甲殻類や多足類の口器は一つの上唇,1対の大あご,1対ずつの第1・第2小あごからなり,高等なものには何対かの顎脚が加わる。昆虫類では上唇・大あご・小あご・下唇・下咽頭(舌)からなっていて,1対の下唇は真ん中で癒合する。各部分の形状は昆虫の目(もく)や摂食習性によってひじょうに異なるが,そしゃく型と吸収型とに大別できる。前者が基本型で,それから進化・適応した型式が吸収口である。そしゃく型口器では,上唇が口部前面を覆い,その後方にある大あごは歯の役目を果たす。捕食性昆虫では歯が鋭いが,草食性のそれはかみ砕くのに適した形をしている。クワガタムシの雄の長い大あごは性的誇示に,シロアリの兵アリのきばは侵入者をかみ殺すのに役立つ。大あごの下側には小あごが,さらにその後面を下唇が覆う。小あごと下唇には通常,味覚などの感受器が分布する口鬚(こうしゆ)(くちひげ)palpがある。下咽頭の基部には,アミラーゼなどの消化酵素を分泌する唾液(だえき)腺が開口している。アリジゴクの大あごと小あごは細長く管状に伸び,獲物の内臓物を分解する酵素を出したのち,液状物として吸い込む。吸収型口器はいくつかの型に分かれる。カの大あごや小あごは下唇とともに細いのみ状に伸びているので刺すのに適し,上唇は血を吸い込む管になっている。イエバエでは,大あごと小あごは退化し,他の部分が口吻rostrumとなり,先端のスポンジ状の唇弁で食物をなめる。ミツバチの大あごは食物をかみ砕いたり,巣の材料をこねたりするのに使われるが,長く伸びた小あごと下唇で花みつを吸う。チョウ類には大あごがなく,小あごの左右外葉がジッパー状の管状口吻になっていて,それを伸ばして吸蜜する。多くのガ類では口器は退化している。
執筆者:笹川 滿廣
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甲殻類や昆虫類など節足動物の口の周辺にあって食物の摂取やそしゃくに用いられる頭の付属肢や突起物をまとめた呼称。甲殻類、たとえばザリガニでは、大あご、第1小あご、第2小あご、第1顎脚(がっきゃく)、第2顎脚、第3顎脚が各1対あり、大あごの前に上唇(じょうしん)、後ろに下唇の突起物がある。また、昆虫類のバッタのように草を食べる種類では、大あご、小あご各1対の前を上唇が覆い、後ろには下唇があり、内部に下咽頭(かいんとう)(舌)が位置する構成になっている。ほかの昆虫類でも基本的には同じ構成であるが、食性によって変化し、吸う口、刺す口、なめる口などに応じて各部分が変形している。なお、カイコやカゲロウのような短命の成虫では口器は極端に退化している。多足類のムカデやヤスデの類も1対の大あごと2対(ムカデ)または1対の小あごを備えている。しかし、クモ形類のクモなどでは口器とよべるものはない。口器には化学的な感覚器が分布し、食物かどうかを見分ける働きをしている。
[中根猛彦]
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