食物をかみ砕くこと。ヒトの場合,固形の食塊は下顎の運動と舌,口唇,ほおの働きで上下の歯列の間に運ばれ,かみ合わされすり合わされて細かく砕かれる。この運動を咀嚼という。この間に食物は唾液と混じり,適当な大きさにまとめられ,唾液中の粘液で包まれて嚥下(えんげ)しやすい食塊となる。かみ合せは,左右の顎関節骨頭(〈あご〉の項目参照)を結ぶ線を軸として下顎を回転し上顎へ押しつける運動である。ヒトの咬合力は,切歯では10~20kg,臼歯では30~90kgに達する。一方の顎関節骨頭を固定し,他方の骨頭を前進させれば,下顎歯列は旋回してすり合せが行われる。肉食獣は犬歯が発達し臼歯に突起があって,かみ合せ運動に適し,草食獣は臼歯がよく発達して,すり合せ運動に適している。ヒトは両種の運動を行う。上記の下顎の運動を行うのは咬筋,側頭筋,内・外側翼突筋で,総称して咀嚼筋masticatory muscleという。咀嚼筋を支配するのは三叉(さんさ)神経第3枝である。しかし咀嚼を続けるためには,いったんあがったり前進した下顎をもとの位置にもどさなければならない。この運動を行うのは咀嚼筋ではなく,舌骨につながる諸筋(顎舌骨筋,頤(おとがい)舌骨筋,顎二腹筋,胸骨舌骨筋,肩甲舌骨筋,甲状舌骨筋,茎突舌骨筋)である。さらに咀嚼が円滑に行われるためには舌,ほお,口唇の筋肉の協力が必要で,これら協力筋が十分働かないと咀嚼時に口腔内容が外へこぼれたりするようになる。咀嚼は本来意識的に開始されるが,その継続は反射(咀嚼反射mastication reflex)による。
咀嚼の生理的意義は次の三つである。(1)食物中の可溶性物質が溶け出して味覚を刺激し,食欲を増進するとともに,消化管の運動と分泌を反射的に高め,嚥下後の消化活動の準備をととのえる。
(2)食物を適当に細かく砕き,嚥下を容易にするとともに,消化液が作用する面積を増やす。
(3)食塊を唾液中の粘液で包み嚥下を容易にする。唾液の潤滑作用は水よりはるかに大きい。なおヒト以外の動物では,咀嚼胃や砂囊といった器官で消化管内での咀嚼を行うものがいる。
→消化
執筆者:東 健彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 母子衛生研究会「赤ちゃん&子育てインフォ」指導/妊娠編:中林正雄(母子愛育会総合母子保健センター所長)、子育て編:渡辺博(帝京大学医学部附属溝口病院小児科科長)妊娠・子育て用語辞典について 情報
…舌下神経の障害では舌の運動が障害される。両側が障害されると,言葉を話したり,食物の咀嚼(そしやく)ができにくくなる。副神経の障害では,肩を上げたり,頸を回したりすることができにくくなる。…
… 唾液の生理的役割は,(1)食物成分を溶かして味蕾(みらい)を刺激し,味覚をおこし食欲を促す。これにより消化管の運動と分泌が反射的に高まる,(2)デンプンの消化,(3)口腔内をうるおし,くちびると舌の動きを滑らかにして発声,咀嚼(そしやく),嚥下(えんげ)を助ける。また口腔内と歯を清浄に保つ。…
※「咀嚼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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