デジタル大辞泉
「吃又」の意味・読み・例文・類語
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出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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吃又
どもまた
人形浄瑠璃『けいせい反魂香』上の巻の切「将監閑居」の場の通称。近松門左衛門作。初演は宝永5(1708)年。絵師浮世又平は女房お徳とともに土佐の名を受けたいと師土佐光信に願い出るが許されない。絶望した又平は自害を決意し,石塔に見立てた手水鉢の石に自分の姿を描くとそれが裏面に抜け出る。その気迫と技量に感じた光信は又平に土佐光起の名を与える。下敷きとされる『けいせい浅間嶽』の脇役を演じた道化方山田甚八の愁いを含んだおかしみのある芸風が,近松の又平像をつくったといわれる。吃音で愚直な又平に,能弁で情のある妻を配し,貧しい絵師夫婦の哀歓を盛り上げて人気があり,今日ではこの場だけが独立して上演される。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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吃又【どもまた】
近松門左衛門作の浄瑠璃《傾城反魂香(けいせいはんごんこう)》(1708年初演)の上の巻〈将監住家〉の通称。画家土佐将監の娘と,狩野元信の悲恋が中心の劇だが,この部分は将監の弟子吃(どもり)の又平が死を決して描いた絵で奇跡をあらわし土佐光起の名を受ける話。歌舞伎でも上演される。
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吃又
(通称)
どもまた
歌舞伎・浄瑠璃の外題。- 元の外題
- けいせい反魂香 など
- 初演
- 享保4.3(大坂・嵐三右衛門座)
出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
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出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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世界大百科事典(旧版)内の吃又の言及
【傾城反魂香】より
…本作は近松が歌舞伎作者としての経験を生かし,巧みに歌舞伎味を導入した作品としての特色を有する。そうした構成と趣向の面でよく作られているだけでなく,吃又(どもまた)の人間像形成でとりわけ名高く,歌舞伎では1719年(享保4)大坂嵐座(角の芝居)で上演されたとき,座本3世嵐三右衛門が又平役を演じ,翌年には《浮世又平筆勢鑑》の名で演じられ主人公扱いになるなど又平像が表面に押し出され,今に至るも《吃又》は演じ続けられている。庶民のそして不具の身の,その哀感と懸命の生き方が,時代を超えて共感され続けた結果であろう。…
※「吃又」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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