コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

呂祖謙 りょそけんLü Zu-qian

5件 の用語解説(呂祖謙の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

呂祖謙
りょそけん
Lü Zu-qian

[生]紹興7(1137)
[没]淳煕8(1181)
中国,宋の儒学者。金華 (浙江省) の人。字は伯恭。東らい先生と称された。太学博士,国史院編修官などを歴任,宋の孝宗に文治,武備の充実を献言し,宰相の器と目されていたが,早逝。朱子,張しょく,陸象山らと親交,「鵞湖 (がこ) の会」を斡旋して朱,陸学の調停をしたことはよく知られている。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

りょ‐そけん【呂祖謙】

[1137~1181]中国、南宋の学者。婺州(ぶしゅう)(浙江(せっこう)省)の人。字(あざな)は伯恭。号、東莱(とうらい)。朱熹(しゅき)の友人で、史学に通じ、空論を排した。著に朱熹と共編の「近思録」のほか「東莱左氏博議」など。

出典|小学館
デジタル大辞泉について | 情報 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

りょそけん【呂祖謙 Lǚ Zǔ qiān】

1137‐81
中国,南宋の学者。字は伯恭,号は東萊(とうらい)。呂東萊と号をもっても知られる浙江省金華の人。その家系は,宰相をはじめ多数の高級官僚を出した宋代きっての名門である。彼は,思想的には独自な主張を打ち出さなかったが,その博学と徳望によって当時の学界の調停者として活躍した。のちに金華の地に学芸が栄えたのは,彼の耕した土壌があったからである。著書に,朱熹(しゆき)(子)と共編の《近思録》のほか,《大事記》《皇朝文鑑》《東萊博議》など膨大な仕事を残している。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

りょそけん【呂祖謙】

1137~1181) 中国、南宋の学者。字あざなは伯恭、号は東萊。朱熹しゆきとの共著「近思録」のほか、「東萊文集」などの著作がある。

出典|三省堂
大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

呂祖謙
りょそけん
(1137―1181)

中国、南宋(なんそう)の学者。(ぶしゅう)(浙江(せっこう)省金華県)の人。字(あざな)は伯恭(はくきょう)、号は東莱(とうらい)、諡(おくりな)は成(せい)、のちに忠亮(ちゅうりょう)。北宋期に高官を務めた、蒙正(もうせい)(944―1011)、夷簡(いかん)(979―1044)、公弼(こうひつ)(1007―1073)、公著(1018―1089)、好問(1064―1131)を祖先にもつ恵まれた環境に育ち、林之奇(りんしき)(1112―1176)、汪応辰(おうおうしん)らに師事し、朱熹(しゅき)(朱子)、張(ちょうしょく)を友として広い学識を備えた。1163年進士に及第。南外宗学教授から太学博士、国史院編修官、実録院検討官と学問に関係する職に長くかかわった。1175年には朱子と陸象山(りくしょうざん)(九淵(きゅうえん))の学問の調停を図るため鵝湖(がこ)の会を主宰している。著書に『呂氏家塾読詩記』32巻、『東莱先生左氏博議』25巻、『呂東莱先生文集』40巻などがあるが、朱子との編著の『近思録』はとくに有名である。[菰口 治]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の呂祖謙の言及

【近思録】より

…中国,南宋の朱熹(しゆき)が友人の呂祖謙と共に編纂した,北宋の道学(宋代に起こった新儒教)者の選集。題名は《論語》子張篇,〈博く学んで篤(あつ)く志し,切に問いて近く思う〉にもとづく。…

※「呂祖謙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

呂祖謙の関連キーワードカタルーニャ自治州ディーエイチシー呂祖謙市河荘中外抄矢野荘円信平親範忠尋坊門親信

今日のキーワード

百条委員会

地方自治体が議決により設置する特別委員会の一つ。名称は「地方自治法第100条」に基づく。百条委員会は、地方公共団体の事務に関する調査を行い、関係者への聞き取りや記録の提出を請求、拒否した者には罰則が科...

続きを読む

コトバンク for iPhone