商業を研究対象にする社会科学の一分野であるが、商業概念の広狭に対応して、大きく分けて三つの考え方がある。第一は、物資の再販売のための売買活動のみをもって商業とする最狭義の概念にたつ商業学である。その中心内容は、卸売り・小売りなどの商品売買論もしくは商品流通論になる。第二は、生産者から消費者に至る物資の流通活動全体をもって商業とする狭義の概念にたつ商業学である。その中心内容は、やはり商品流通論になるが、卸・小売りに限定されることなく、集荷機能、原材料流通機能、取引所機能などを加えたものとなり、さらに購買、在庫、商品計画、価格政策、広告、市場調査など、商人(商業経営)の主体的行動をも加えたものになる。第三は、経済活動全体における財貨、資本、サービスの流通ないし交換取引をもって商業とする広義の概念にたつ商業学である。広義の商業学では、狭義の商業学の中心内容である商品流通論や商業経営論はもとより、経済活動全体を円滑に進行させるための金融、保険、証券、信託、倉庫、港湾、運輸、通信、情報処理、コンサルティングなどの第三次産業が対象として含まれ、各論を形成することになる。これらを単に並列しただけでは「学」として成立しえないから、広義の商業学の多くは、まず「商」の本質を論じ、いわば本来の商である商品売買業を基幹商業とし、金融等の商品売買業以外の諸業種を補助商業とする基本体系を形成している。以上の広狭3種の商業学のうち、最狭義の商業学はきわめてまれで、広狭いずれかが多いが、学問的に狭義の立場をとる場合でも、著書などの記述では広義の商業の範囲にまで言及するものが少なくない。
商業学が独自の学問として成立するかについては長い間議論が続いており、それは商についての知識・技術の寄せ集めにすぎないとの否定論も根強い。否定論との必然的関連はないが、商学という類似名称の場合には、商についての知識・技術の総体、もしくは商についての諸学の総称という意味合いが強い。すなわち、商学とは、狭義の商業学と金融論、保険論、証券論等々の集合名詞であるという理解である。以上どちらかといえばドイツ系の学問論とは別に、アメリカ系のマーケティング論がとくに第二次世界大戦後、急速に商業学に代位しつつある。両者の関連は複雑であるが、マーケティング論は主体の論理を前面に押し出し、経営論の色彩が濃厚である点に特色があるといえよう。
[森本三男]
商と商業とが明確に区別されるべきであるように,それらを研究対象とする学問である商学と商業学の区別もまた分明されなければならない。商業学は歴史的には経済学よりもはるかに古く,その萌芽はアラビア人ディマシュキーの書きのこしたアッバース朝期の商事記録にさかのぼるといわれるが,学問的大成をみたのは18世紀ドイツの官房学者ルードビッチCarl G.Ludoviciらによる業績である。日本における商業学の発展は,明治維新後の主としてこのヨーロッパ系商業学の輸入によるといわれる。
商業学の研究対象である商業概念が多様であるため,商業学の内容・体系等も多様である。たとえば,商業を取引のために存在するところの企業とし,商品を売買取引する卸売業,仲買業,小売業,資金の貸借取引をする銀行,用役の雇用取引をする運送業,倉庫業などをそれぞれ取引企業ととらえ,それら取引企業の取引を研究対象とする理論がある。しかし現代では,経済の発展により〈商業〉の領域は収縮化し,〈配給〉の領域が拡大し,両者の複雑な交錯連環により生産から消費への商品流通が行われているという現実から,商業学がそれ自体の固有の研究対象である〈商業〉のみを探究していくことだけでは不十分であると認識されてきている。ために近年では,商業学は〈商業〉と〈配給〉とを包括した商品流通を研究対象とした〈流通論〉への発展的解消が試みられている。他方,経済の発展により,従来商業と概称された経験対象の内容がますます豊富になるにつれて,これら経験対象を商業学の名のもとに包摂していくことができなくなり,売買論,貿易論,銀行論,取引所論,倉庫論,あるいは保険論等に分岐していった。しかし同時に,分化した各理論の内容の多様性を克服して一定の認識目的によって複雑かつ豊富な経験対象を純粋な学問的認識対象に変えていく必要性が生じ,各種取引経営体の共通の経済現象である取引行為を抽出し,それを体系化し,理論化し,取引の経済学として扱う商学が商業学と区別されてくる。
執筆者:伊藤 文雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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