企業簿記の諸形態のなかでも代表的なものであり,工業(製造業)と区別された商業(商品売買業)を営む企業において実践される複式企業簿記をいう。商業簿記では企業資本の運動(取引)が実在勘定と名目勘定によって貸借二重分類され,それぞれの勘定科目に同じ金額が記入されて一定期間ごとに総括(決算)がなされる。すなわち各取引ごとの複式記入のために設定されたすべての勘定の貸借それぞれの合計または各勘定残高がそれぞれ合計試算表,残高試算表に集められて,その最終的な貸借の金額的一致が自動検証される。そしてさらに一定の期間的修正手続(帳簿価額と実際価額との調整,減価償却計算,経過勘定の設定等)が施されたのち,当期だけでその役割を終える勘定残高が(集合)損益勘定に,また次期以降に繰り越す必要のある勘定残高が残高勘定に振り替えられることによって,最終的に利益または損失が(集合)損益勘定と残高勘定とに貸借対応表示されることになる。そしてこれらの最終勘定final accountたる(集合)損益勘定と残高勘定からそれぞれ損益計算書と貸借対照表を得ることができる。このような残高試算表-期間的修正(決算整理)-損益計算書-貸借対照表の過程を一覧表で示したものが精算表working sheetである。
ところで商品流通と貨幣流通のみを存在条件とし,本来の生産活動を直接的な存在条件としない商業資本は,まず資本主により貨幣形態で企業に拠出され,それらが商品,設備,労働用役およびその他の用役に投下される。そして商品は販売されて売掛金,手形債権,現金預金等に形態変化し,当初の貨幣形態に回収される。これらの実体的な流れを名目的・損益的な側面からみると,一定期間における同一商品の購買価格(売上原価)と販売価格(売上高)との差額である売上収益は資本の名目的な増分を示し,一方,設備の減価償却費分や,購入即費消の原則に基づいて把握された労働用役その他の用役の費消部分等(費用)は資本の名目的な減分を示すことになり,これらの差額が期間損益となるのである。
このような貨幣-商品-貨幣という商業資本の投下回収の動的な過程を複式簿記という固有の表現技法によって認識・表現するのが商業簿記である。ここではまず資本主から拠出された資金が資本(主)勘定の上で家計から明確に区別され,資本概念が勘定の上で形成されたのち,資本循環が資産・負債勘定を超え,損益勘定を通り抜け,再び資本(主)勘定に返ることによって認識・表現されるのである。
したがって商業簿記では総括的な決算後の企業資本のストックの側面,すなわち〈資産=負債+資本(利益を含む)〉という姿態が残高勘定(貸借対照表)で示され,一定期間内の企業資本のフローの側面,すなわち〈費用+利益=収益〉という姿態が損益勘定(損益計算書)で示されることになる。
→簿記
執筆者:千葉 準一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
商業を対象とした簿記のこと。企業経営の活動を貨幣額による評価に統一して把握し、これらを所定のルールにのっとって整理・記録することを簿記というが、企業のうち商業を対象として適用する簿記の方法もしくは研究領域を商業簿記という。簿記には、単式簿記と複式簿記があるといわれてきたが、コンピュータがあらゆる業種や階層等に普及している現代社会では、江戸時代における大福帳方式や小規模商店において利用されることのあった現金出納帳(ほぼ家計簿に類似したもの)方式の単式簿記が、企業簿記に使われることはほとんどなくなったといってよい。したがって、商業簿記といえば、一つの活動事象を二面の現象において把握し記帳する複式簿記のそれを意味するものと考えてよい。
商業の基本は商品の購入(仕入)とその販売(売上)である。複式簿記の基本である二面による現象の把握についてこれを「借方」と「貸方」という専門用語によって整理する。借方と貸方の用語は、仕訳において(借)、(貸)と略記される。商品の売買が現金授受を後日に延ばすいわゆる掛取引として例示すると、以下のようになる(××部分には金額が入る)。
(1)商品の購入
(借)仕 入×× (貸)買掛金××
(2)商品の販売
(借)売掛金×× (貸)売 上××
(1)は費用の発生と負債の増加の組合せの取引である。(2)は資産の増加と収益の発生(実現)の取引である。このようにして日々のすべての取引を日記のようにして整理することを「仕訳」といい、具体的な名称を勘定科目という。これらの記録は、一定の時期にすべての勘定科目を設定した「元帳」(総勘定元帳)に転記される。ただし、コンピュータを使用している場合は、その作業はソフトウェアによって自動的に処理される。その後、一定期間での財政状態と経営成績を総括的に把握するために試算表や精算表が作成され、会計報告書としての「財務諸表」の基礎データを提供する。会計期間で簿記一巡の手続にくぎり目をつけることを決算といい、簿記は決算手続によって締めくくられる。
商業簿記では、商品売買や掛の取引状態をより的確に整理・把握するために、仕入帳、売上帳、得意先元帳、仕入先元帳、商品有高帳などの主要簿の内訳管理をする補助帳簿が活用されることが多い。
商業簿記は、製造業、農業、銀行、サービス業などの他の業種固有の企業簿記を展開するための基礎をなす簿記法として位置づけられている。簿記・会計に関する教育の体系においても、まず商業簿記を学び、これによって応用としてのその他の企業簿記、高度な簿記組織、ならびにさらに展開する会計学を理解する基礎知識とする方法が普及している。
[東海幹夫]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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