経済が自給自足の状態から脱して生産と消費が分離してくると商品の流通が発生する。商品が生産者から消費者の手に渡るまでの過程には,商品の物的な流通と所有権の移転があり,所有権の移転は商取引によって行われる。商取引は売手と買手,需要と供給とを結びつけ両者を調整する需給接合機能を果たしている。需給接合機能としての商取引は,需要サイドの市場機会の探索と評価に始まり,供給サイドの商品の分類取りそろえ,情報の伝達,販売促進,取引契約,商品の受渡しの各段階を経て行われる。狭義には取引契約を結ぶための対人交渉を指して商取引といい,私有財産制のもとで行われる商取引は,たとえ企業間取引といえども基本的には個人レベルの交渉に還元される。取引transactionの概念は,制度学派の経済学者J.R.コモンズによれば政治,経済,心理など幅広い人間活動にみられる共通の現象であり,贈与と取得,権利と義務,命令と服従,自由と強制,説得と詐欺など,さまざまな2人以上の人間関係を含んでいる。所有権の移転に伴う取引には,売買的取引または交渉的取引,管理的取引,割当的取引があり,商取引は売買的取引または交渉的取引を代表している。商取引においては,与えるものとしての商品と受け取るものとしての対価またはその反対の行為は,厳密に金銭尺度に換算して評価され,可能な代替手段との比較検討の末に意思決定される。このとき最終的な取引契約をいかに自己に有利な状態に導くことができるかは,双方の交渉力の大小によって決まる。交渉力は相手方よりもより多くの情報とより広い代替手段をもつことで高まり,相互の依存度のアンバランスによって生じる。このバランスが極端にくずれ,一方が代替手段をもたないような独占的状態ではもはや商取引は成立せず,これは独占禁止法によって規制されている。また取引を詐欺的方法や強制によって有利に導こうとするような不公正な取引方法も同法によって排除される。
商取引における交渉が進み合意が成立すると,取引契約が結ばれて法的拘束力をもつ。通常の売買契約における取引条件は,商品の品質,数量,価格または単価,受渡しの場所,受渡しの時期,代金の決済方法などがある。外国との貿易ではこのほかに船積み,保険,為替が含まれる。このうち最も重要な取引条件は価格であり,さまざまな条件によって取引内容が異なり,とくに輸送経費の負担と割引価格が問題となる。外国貿易では,船積みまでを売手がもちあとは買手の負担となる本船渡価格(FOB価格),運賃,保険料を売手が負担する運賃保険料込価格(CIF価格)などの違いがある(〈FOB-CIF〉の項参照)。また割引価格には数量割引,現金割引などがあり,そのほかに一定期間の取引高を対象に割り戻されるリベートなども取引条件に含まれる。
執筆者:川嶋 行彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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