内科学 第10版 「嚢胞性肺疾患」の解説
嚢胞性肺疾患(嚢胞および拡張性気管支・肺疾患)
囊胞性肺疾患は,肺内に異常な含気性病変を認める疾患の総称である.胸部CTの普及と撮像技術の発達に伴い,囊胞性肺疾患はさまざまな病因・病態を含む不均一な疾患群となっている.含気性病変の壁の有無や,厚さのみならず,含気性病変の性状(大きさ,形,数,分布)が病因・病態の違いや鑑別診断に大きな意味をもつ.
「囊胞」とは,病理学上,単層の上皮に覆われる水や空気を含む球状の病変を指すが,ここでは空気を含む病変として扱う.なぜならば,囊胞性肺疾患の多くは画像検査で境界明瞭な透過性亢進領域として認識されるものの,多くは病理学的に良性疾患であり,臨床的観点からも組織学的検査がなされる頻度は非常に低く,放射線画像上の概念や定義が頻用されるためである.
胸膜内あるいは胸膜直下肺組織に認める異常な含気腔は,それぞれ,ブレブ,ブラとよばれ,病因は不明だが,激しい組織破壊により生じる空洞とは異なり,「肺組織の直接的な破壊によらない肺内の異常含気腔」と感覚的に理解され,この延長線上に肺囊胞も想定されている.放射線画像上の定義では,肺実質内の含気性病変(air-filled lesion)を主病変とする疾患群のうち,含気性病変の壁の厚さが2~4 mm未満であるものを囊胞性肺疾患,2~4 mm以上であるものを空洞性肺疾患(cavitary lung disease)とよぶ.
肺気腫(細葉中心性,汎細葉性)は,胸部単純X線やCTでは明確な被膜をもたない透過性亢進領域(CTでは低吸収領域とよばれる)であるため囊胞とは異なるが,しばしば共存するため,あるいは進行すると囊胞様の所見を呈するため,囊胞性肺疾患に含められる場合もある.間質性肺炎では牽引性気管支拡張や肺実質の構造改変が囊胞様を呈し,囊胞性肺疾患に含められる場合もある.
(2)囊胞性肺疾患の成因と分類
統一された囊胞性肺疾患の分類はないが,画像検査での含気性病変の性状(大きさ,壁の厚さ,部位など)と病因を加味して表7-9-1のように分類する.囊胞を含む肺野内含気性病変の成因は,①胎生期の気管支樹・肺実質の発育異常,②炎症や腫瘍などによる肺実質の破壊性・壊死性変化,③終末細気管支や呼吸細気管支領域の炎症や破壊によるエアートラッピッング(air trapping),④瘢痕組織や病変の弾性収縮力で周辺の肺胞が牽引され退縮し,あるいは病変周囲の正常肺胞組織自身の弾性収縮力による牽引により,気腔の拡大が生じる,⑤血管閉塞と虚血性壊死,⑥肺実質の線維化やリモデリングに伴う牽引性の変化,⑦原因不明,などに分類することができ,いくつかの成因が混在して生じる.
囊胞性肺疾患は表7-9-1に示すように多岐にわたり,独立した項目として記載されるものが多い.ここでは,他領域では一般に記載されない,ブラ/ブレブ,ニューマトセル,巨大肺囊胞症,Birt-Hogg-Dubé症候群について説明する.
(3)ブラ/ブレブ
気腫性肺囊胞ともよばれ,無症状である.自然気胸の発症に深く関与する.ブレブ(bleb)は,胸膜内弾性板の破壊により臓側胸膜内に空気が流入して生じた異常気腔である(図7-9-1).ブラ(bulla)は胸膜下の肺胞の破壊によって生じた肺内の異常含気腔で,囊胞壁は肺胞上皮である(図7-9-2).ブレブとブラは肉眼的に鑑別困難であり,また,区別する臨床的意義も少ないため,臨床的にはまとめてブラとして扱われる.
ブラ/ブレブの成因は不明であるが,肺尖部に好発することから,胸腔内圧による牽引と組織の脆弱性,喫煙や粉塵吸入による細気管支炎とエアトラッピング,側副換気の障害,傍隔壁性肺気腫からブラが生じる,などが考えられている.解剖学的には,小葉間隔壁が胸膜に連続する部分や隣接する肺胞壁の毛細血管はほかの部位より少なく,結果としてこれらの領域の細葉はコンプライアンスが大きく脆弱である.また,同部の血行障害による組織壊死も関与すると考えられている(図7-9-1).
(4)ニューマトセル(pneumatocele)
チェックバルブ機構によるエアートラッピングにより肺胞が過膨張して生じた異常気腔で,ブラと異なり肺胞壁の破壊がみられない.急速に出現し自然消滅することがある.乳幼児が黄色ブドウ球菌性肺炎に罹患し,その治癒過程に生じることが多い.
(5)巨大肺囊胞症(giant bulla)
定義・概念
ブラが巨大化して片側肺の1/3以上を占めるようになると巨大肺囊胞症とよばれ,労作性呼吸困難などの自覚症状を認めることが多い(図7-9-2).ブラと同様の機序で発生すると思われるが,小さなブラとまったく同じものかどうかは不明である.進行性に拡大して周囲の健常肺を圧排し著しい呼吸機能障害を引き起こすに至る場合もある(vanishing lung).
病理・病態生理
胸膜は保たれ,ブレブを合併するものは少ないとされる.ブラは気道内の陽圧によって生じる,とする考えは懐疑的であり,巨大ブラ内の圧力は胸腔内圧と同じであるとする研究成果がある.したがって,ブラと周辺肺組織が同程度の陰圧にさらされた場合には,ブラの方がより膨らみやすい(“paper bag”仮説).
ブラの大きさは,Boyle-Charlesの法則に従い,大気圧により変化する.ブラと気道との交通がなければ,気圧が低く,温度の高く,湿った気体ほど気体の容量は増加する.しかし,毎分約300 mずつ高度が上昇して大気圧が下がるような環境下におかれても,肺内のブラの大きさはほとんど変わらないことが報告されている.すなわち,ブラと気道には交通があり,ブラ形成は,“ball valve(あるいはcheck valve)メカニズム”ではなく“paper bag”仮説のほうであることを支持している.
臨床症状・検査成績
ブラや囊胞(胸膜に接することなく肺実質内にある異常含気腔)は,通常は無症状である.多発あるいは巨大化すると肺機能が障害され,進行性の息切れ,胸痛,気胸の合併による突然の息切れや胸痛を経験する.胸痛は,ブラの過膨張や周辺構造の緊張によると考えられ,狭心症様の痛みで胸骨下に感じることが多い.ブラ壁内の血管の破綻により喀血を生じることもある.ブラ内あるいは周辺の感染を伴い,咳や痰ともに倦怠感,あるいは胸膜痛を認めることもある.
胸部X線では,限局性の境界鮮明な肺紋理のない領域として描出される(図7-9-2A).ブラ内のair-fluid level(鏡面形成)は常に感染によるとは限らず,ブラと肺実質との交通が閉塞したためブラ内の分泌物の貯留による場合もある.そのほかに,肺膿瘍,結核,真菌感染症,空洞形成性肺腫瘍,ブラ内の出血,心不全,ブラ壁より生じた肺癌,などを鑑別する必要がある.
胸部CTでは,明瞭な境界線で肺実質陰影と区別される透過性の亢進した無血管領域として描出される(図7-9-2B).ブラ内には遺残組織を示唆する線状・索条影を認めることもある.傍隔壁性肺気腫を伴うことが多い.また,巨大ブラ以外に細葉中心性肺気腫像をびまん性に認める場合もあり,bullous emphysemaとよばれる.慢性的な喫煙に関連して生じた可能性が示唆される.
肺機能検査では閉塞性換気障害,拡散障害がみられる.ブラが大きくなると,ブラ周辺の気道は気道周囲組織弾性収縮力が低下するため閉塞しやすくなる(図7-9-3).Xe換気シンチでは囊胞腔内への換気の著しい遅延がとらえられる(slow-in and slow-out space).
診断・鑑別診断
画像検査より診断可能であるが,自然気胸腔との鑑別が重要である.
治療・予後
無症状でブラの増大傾向がなければ,経過観察が可能である.合併症として,ブラ内感染,胸痛,出血,自然気胸,囊胞壁や周辺部での肺癌,がある.ときにアスペルギルス感染が生じ,菌球(fungus ball)を認めることがある.進行性に増大し呼吸困難を認める場合,感染を合併し内科治療では治療困難な場合,などでは外科的切除の適応となる.
(6)Birt-Hogg-Dubé症候群(BHDS)
定義・概念
第17染色体短腕(17p11.2)に存在するフォリクリン(FLCN)遺伝子の胚細胞遺伝子変異により生じる常染色体優性遺伝性疾患で,多発肺囊胞/気胸,顔面を中心とした線維毛包腫(fibrofolliculoma),腎腫瘍を生じる疾患である.気胸は20歳代以降に発症し,反復しやすい.家族性気胸の基礎疾患として重要である.
診断
胸部CTでの囊胞の性状(大小不同,不整形,縦隔側や肺底部に多く,肺血管に接して存在する),気胸の家族歴,などではBHDSを疑う必要がある.確定診断はFLCN遺伝子検査により胚細胞遺伝子変異を同定することによる.肺病変以外には,線維毛包腫や腎病変を認めない例も多い.
治療・予後
気胸には標準的治療を行うが,再発予防を念頭におく必要がある.腎癌の発症リスクは一般の約7倍とされ,超音波やMRIでの定期的な経過観察が必要である.[瀬山邦明]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報