国友(読み)くにとも

百科事典マイペディアの解説

国友【くにとも】

近江国坂田郡,現長浜市にある地名。国友鉄砲で知られる。姉川に近い国友遺跡からは弥生時代終末期から古墳時代初頭,8世紀中頃,11世紀中頃の遺物が検出され,大規模の集落遺構も注目された。985年に国友郷に空晴大師が開いた僧房があったと伝えるが,確かな史料では1206年に延暦(えんりゃく)寺桜下門跡領としてみえるのが早い。また福永荘のうちとしても現れる。鉄砲生産の開始期は明らかでないが,1544年に当地の鍛冶集団が将軍足利義晴から受けた鉄砲を見本に製造したのが始まりとも,あるいは1555年頃に南蛮(なんばん)人の長子孔の技術を吸収してから始まったともいう。織豊政権期には本格的な生産があったと考えられ,1574年に木村藤二郎が100石を与えられたのをはじめ,鉄砲鍛冶が保護され,その組織化が進んだようである。江戸時代当初には諸大名から召し抱えられたが,幕府の統制下に置かれるようになった。のち衰退を余儀なくされたが,1724年から大和郡山(こおりやま)藩領となった当時は職人77人のうち鉄砲鍛冶は44人を数えている。幕末期にかけて国友藤兵衛重恭(号は一貫斎)が活躍した。→国友鉄砲鍛冶

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世界大百科事典 第2版の解説

くにとも【国友】

滋賀県長浜市の西北端,東浅井郡に境を接する国友町を中心とする一帯の地をいう。地内を北東から北西へ曲流する姉川のはんらん原に古代末期以来開けた農業地帯。時代によりその範囲に広狭がある。地名は765年(天平神護1)この地に封ぜられた百済の学頭国友の名にちなむという。〈国友〉の名は阪田郡国友郷として平安期から文献に見られる。鎌倉期には国友町を中心に今町,安福寺町,井ノ尻町を含めた一帯が国友荘と呼ばれるようになる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

国友
くにとも

滋賀県東部、長浜市の一地区。国友鉄砲鍛冶(かじ)の発祥地で、室町幕府第13代将軍足利義輝(あしかがよしてる)が長子口という人に鉄砲を製作させた地と伝えられる。近世には鉄砲村として繁栄した。現在は姉川南岸の農業地域であるが、一貫斎国友藤兵衛(とうべえ)の碑や、市の民俗資料の鉄砲鍛冶道具などを収めた「鉄砲の里資料館」がある。[高橋誠一]

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世界大百科事典内の国友の言及

【長浜[市]】より

…豊(ほう)公園内にかつての長浜城を模した長浜城歴史博物館がある。市街北部の国友は戦国時代末以来鉄砲鍛冶の集落として知られ,名工国友一貫斎の邸跡が残る。【畑中 誠治】【井戸 庄三】。…

※「国友」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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