コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

国民精神総動員運動 こくみんせいしんそうどういんうんどう

6件 の用語解説(国民精神総動員運動の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

国民精神総動員運動
こくみんせいしんそうどういんうんどう

日中戦争の拡大に伴って,国民に戦時意識を徹底させ戦争に協力させるために起こされた,国民的規模の精神運動。 1937年,第1次近衛文麿内閣によって提唱され,1938年には帝国在郷軍人会,全国神職会,全国市長会日本労働組合会議など多くの団体が参加,内閣の外郭団体として国民精神総動員中央連盟が結成された。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

こくみんせいしんそうどういん‐うんどう〔コクミンセイシンソウドウヰン‐〕【国民精神総動員運動】

日中戦争開始後、第一次近衛内閣が戦争協力体制をつくるために起こした運動。挙国一致尽忠報国などのスローガンを掲げて、戦時下の国民教化の運動を推進した。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

国民精神総動員運動【こくみんせいしんそうどういんうんどう】

近衛文麿内閣による戦争協力の思想教化運動。1937年挙国一致,尽忠報国,堅忍持久を3目標に,中央連盟(全国市長会,在郷軍人会など74団体)を組織,運動の初期は精神教育だったが献金,献品,国債応募など物的協力に転換。
→関連項目満蒙開拓青少年義勇軍

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

こくみんせいしんそうどういんうんどう【国民精神総動員運動】

日中戦争の開始直後の1937年8月から国民の戦意高揚をはかり,とりわけ経済戦への協力を強化するために政府が先頭に立ってすすめられた運動。略称精動。第1次近衛文麿内閣は成立直後に準戦時体制に対応する国民教化運動を政府総がかりで行う方針を決めたが,まもなく日中戦争が勃発・拡大したため,〈挙国一致・尽忠報国・堅忍持久〉をスローガンに国民精神総動員運動を発足させた。政府では情報委員会内務省文部省が中心となり,中央の外郭団体として国民精神総動員中央連盟(会長有馬良橘海軍大将)が広く町村長会,在郷軍人会,婦人団体,青少年団,産業団体等を加盟させて組織された。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

こくみんせいしんそうどういんうんどう【国民精神総動員運動】

日中戦争開始後、第一次近衛内閣により行われた国民を戦争に協力させるための運動。1937年(昭和12)挙国一致・尽忠報国・堅忍持久を目標に国民精神総動員中央連盟・大政翼賛会などが推進。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

国民精神総動員運動
こくみんせいしんそうどういんうんどう

日中全面戦争の開始に伴って始められた、国民の戦争協力を促す官製国民運動。「精動」と略されることもある。1937年(昭和12)8月第一次近衛文麿(このえふみまろ)内閣は「国民精神総動員実施要綱」を閣議決定し、同年10月「挙国一致、尽忠(じんちゅう)報国、堅忍(けんにん)持久」のスローガンのもとに国民精神総動員中央連盟(会長有馬良橘(ありまりょうきょう)海軍大将)を創設した。中央連盟には民間諸団体が参加し、道府県次元の地方実行委員会には地方名望家層が参加したが、市町村次元の独自組織はなく、底辺では行政機関に依存して運動が行われた。当初は精神運動の性格が強かったが、やがて長期戦下の経済国策への協力を中心とするようになり、貯蓄増加や国債消化の奨励、金属回収などがしだいに強力に実施されていった。39年3月には文部大臣を委員長とする国民精神総動員中央委員会が設置され、同年8月には興亜奉公日(同年9月1日より毎月1日)が設定され、40年4月には従来の組織を解消して国民精神総動員本部がつくられるが、同本部も同年10月には大政翼賛会に吸収された。
 抽象的な徳目を並べて物資と労力の面で国民動員を図ったこの運動は、国民の日常生活面での戦争協力体制を築き上げた反面、国民の自発性を引き出すことが困難であるという矛盾を抱えていた。[赤澤史朗]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

国民精神総動員運動の関連キーワード太平洋戦争禹貢御前会議十五年戦争日支事変ベイリービーズ糞尿譚近衛文麿内閣広田弘毅元首相日赤の戦時救護班

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

国民精神総動員運動の関連情報