日中戦争の開始直後の1937年8月から国民の戦意高揚をはかり,とりわけ経済戦への協力を強化するために政府が先頭に立ってすすめられた運動。略称精動。第1次近衛文麿内閣は成立直後に準戦時体制に対応する国民教化運動を政府総がかりで行う方針を決めたが,まもなく日中戦争が勃発・拡大したため,〈挙国一致・尽忠報国・堅忍持久〉をスローガンに国民精神総動員運動を発足させた。政府では情報委員会・内務省・文部省が中心となり,中央の外郭団体として国民精神総動員中央連盟(会長有馬良橘海軍大将)が広く町村長会,在郷軍人会,婦人団体,青少年団,産業団体等を加盟させて組織された。地方には道府県知事を中心に地方実行委員会がつくられ,市町村では市町村長が各種団体代表や有力者を動員して実行にあたった。軍事講演・映写会,〈武運長久〉祈願,出征兵士・家族の慰問・援護,勤労奉仕,消費節約,貯蓄奨励等の行事が各種団体や部落,町内,学校,職場等で行われた。〈挙国一致〉を強調して戦争批判を禁圧,〈尽忠報国〉で戦争の犠牲を甘受させ,〈堅忍持久〉で〈非常時財政経済ニ対スル挙国的協力〉を実現させようとしたのである。運動の実践網とするために町内会,部落会,隣組の整備もすすめられた。
だが日中戦争が長期化して解決の見通しが立たず生活不安も深刻化すると,国民はこうした上からのお説教をうけつけなくなり,無関心と反発心が広がった。1938年後半には国民を主体的に結集しようとする国民再組織ないし新党運動がおこったが成功せず,近衛内閣に代わった平沼騏一郎内閣は39年2月に国民精神総動員運動を〈官民一体ノ挙国実践運動〉として強化する方針を打ち出した。精動委員長荒木貞夫文相のもとで9月から毎月1日を〈興亜奉公日〉とし,前線の労苦を想う耐乏生活をおしつけたが,翌年7・7奢侈品(しやしひん)製造販売禁止令が出ると,8月の興亜奉公日には〈ぜいたくは敵だ〉の立看板をかかげて街頭に進出した。おりから近衛をかついだ新体制運動が始まると,精動も大政翼賛運動の一翼に加わったが,国民再組織を主張する有馬頼寧らに対抗して,〈万民翼賛〉の名のもとに政治運動を排撃して官僚中心の体制を維持しようとする平沼騏一郎や内務官僚の動きとなった。
執筆者:今井 清一
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日中全面戦争の開始に伴って始められた、国民の戦争協力を促す官製国民運動。「精動」と略されることもある。1937年(昭和12)8月第一次近衛文麿(このえふみまろ)内閣は「国民精神総動員実施要綱」を閣議決定し、同年10月「挙国一致、尽忠(じんちゅう)報国、堅忍(けんにん)持久」のスローガンのもとに国民精神総動員中央連盟(会長有馬良橘(ありまりょうきょう)海軍大将)を創設した。中央連盟には民間諸団体が参加し、道府県次元の地方実行委員会には地方名望家層が参加したが、市町村次元の独自組織はなく、底辺では行政機関に依存して運動が行われた。当初は精神運動の性格が強かったが、やがて長期戦下の経済国策への協力を中心とするようになり、貯蓄増加や国債消化の奨励、金属回収などがしだいに強力に実施されていった。39年3月には文部大臣を委員長とする国民精神総動員中央委員会が設置され、同年8月には興亜奉公日(同年9月1日より毎月1日)が設定され、40年4月には従来の組織を解消して国民精神総動員本部がつくられるが、同本部も同年10月には大政翼賛会に吸収された。
抽象的な徳目を並べて物資と労力の面で国民動員を図ったこの運動は、国民の日常生活面での戦争協力体制を築き上げた反面、国民の自発性を引き出すことが困難であるという矛盾を抱えていた。
[赤澤史朗]
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日中戦争に際し,国民を戦争協力に動員するための官製の運動。1937年(昭和12)8月,第1次近衛内閣が決定した「国民精神総動員実施要綱」にもとづき,10月から中央・地方の動員組織が作られて発足。当初は儀式や行事を通じて精神教化をはかる運動が中心だったが,その後,貯蓄増加・国債購入・金属回収などの経済国策協力運動が加わり,町内会・隣組や婦人会を通じてとくに女性が動員された。39年9月からは毎月1日,一汁一菜・日の丸弁当・禁酒禁煙などを守る興亜奉公日を実施した。40年10月の大政翼賛会成立後,大政翼賛運動にうけつがれた。
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