日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約
こくさいてきなこのだっしゅのみんじじょうのそくめんにかんするじょうやく
Hague Convention on the Civil Aspects of International Child Abduction
国際結婚が破綻(はたん)し、離婚やそれに至る手続に伴って、一方の親が国境を越えて子を連れ去ることがあり、その子のできる限り早い元の居住国への返還や親子の面会交流の実現のために、締約国の当局間での協力や手続について定めた条約。オランダに本部を置く国際機関であるハーグ国際私法会議において1980年10月25日に採択され、1983年12月1日に発効した。子奪取条約、ハーグ条約と略称されることがある。締約国は100か国を超えている。日本では、2013年(平成25)5月22日にようやく国会で同条約の批准が承認され、2014年4月1日から発効している。この条約の国内実施のため、「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律」(平成25年法律第48号)(以下、実施法)が制定された。
この条約の基本的な考え方は、国境を越えた子の連れ去りは、子にとってそれまでの生活環境の激変によるストレスがきわめて大きく、逆に、場合によっては、幼少期は急速に新しい環境に適応してしまい、連れ去り前の親のことや言語等を忘れてしまうことから、できるだけ早く元の居住国に連れ戻したうえで、親の間での親権争い等を解決すべきだということにある。
そのため、第一に、子を元の国へ返還することを原則として、締約国は、「中央当局」を指定し(日本の場合は外務省)、子を連れ去られた親は、自国の中央当局または連れ去り先の国の中央当局に対して、子の返還に関する援助の申請を行うことができるようにする仕組みを構築している。外国で適切な手続をとることは、そもそもどの機関にどのような申立てをすればよいかわからないのが普通であることから、自国の中央当局に申立てをすれば、それで手続が動き始めるようにしているわけである。
第二に、子の連れ去り先の中央当局は、申請書類の審査を行った後に、返還対象となる子を探す義務を負っている。これは、行政による支援であり、返還と面会交流の機会を確保するための協議・斡旋(あっせん)等を行うことになる。
第三に、親同士での話し合いでは解決されない場合には、裁判による子の返還を求めることができる(日本の場合は東京家庭裁判所または大阪家庭裁判所のみが管轄を有する)。裁判所は、(1)連れ去りから1年以上経過した後の裁判所への申立てであり、かつ子が新たな環境に適応している場合、(2)申請者が連れ去り時に現実に監護の権利を行使していなかった場合、(3)申請者が子の連れ去り、または留置に事前の同意または事後の黙認を与えていた場合、(4)返還により子が心身に害悪を受け、または他の耐えがたい状態に置かれることとなる重大な危険がある場合、(5)子が返還を拒み、かつ当該子がその意見を考慮するに足る十分な年齢・成熟度に達している場合、(6)返還の要請を受けた国における人権および基本的自由の保護に関する基本原則に反する場合、以上のいずれかに該当しなければ、返還が命じられることになる。日本では、この命令の実効性を確保するため、子の返還申立事件の裁判手続中に子を出国させることを禁じる制度(実施法122条以下)や、子の返還の強制執行についての規定を整備している(同法134条以下)。
なお、国境を越えた親子の面会交流を保証することが子の不法な連れ去りを防止することになるとの考えから、この条約は、面会交流等についての中央当局の支援も定めている。
ちなみに、2014年4月から2022年(令和4)3月までの間に、日本に所在する子に関して、返還援助申請があった165件のうち146件で援助決定がされ、面会交流援助申請があった126件のうち109件で援助決定がされている。他方、同じ期間内に、他の締約国に所在する子に関して、返還援助申請があった139件のうち124件で援助決定がされ、面会交流援助申請があった40件のうち37件で援助決定がされている。
[道垣内正人 2022年4月19日]