国際統合(読み)こくさいとうごう(英語表記)international integration

改訂新版 世界大百科事典 「国際統合」の意味・わかりやすい解説

国際統合 (こくさいとうごう)
international integration

複数の独立国家が平和的手段によって統一体を形成すること。国際統合の究極の形として,現存のすべての諸国家が世界連邦を形成するということも論理上は考えられるが,現在の国際社会において現に進行している国際統合は,ほとんどすべて西ヨーロッパとかラテン・アメリカというような地域単位で行われているものである。このため,国際統合は地域統合regional integrationと呼ばれることもある。ある国家が別の国家に対し武力によって統一を強制した例は歴史上しばしばみられ,征服・併合・植民地化などの名で呼ばれてきた。このように軍事的手段によって複数の国家が統一体を形成することは,国際統合と区別される。すなわち,各国家が自由意思によって統一体を形成するものでなければ,国際統合とは呼ばれない。また各国家が自発的に統一体を形成するといっても,国家主権に対する何らの制限も伴わない,単なる国際機関の形成は国際統合と呼ばれない。国際統合は統一体の形成が開始された後においては,その統一体が,各加盟国内の社会に対し直接の強制力を少なくともある程度は有するものとされる。

国際統合の構想は,17世紀半ばのヨーロッパにおいてウェストファリア体制あるいは国民国家体系nationstate systemと呼ばれる近代国際体系が成立した直後から,多くの思想家によって表明されてきた。17世紀末のデュク・ド・スリーDuc de Sullyによる〈ヨーロッパ評議会〉の〈大構想〉や,18世紀初めにアベ・ド・サン・ピエールAbbé de Saint-Pierreが明らかにした〈ヨーロッパ元老院〉の構想等がそれである。これらの国際統合構想はさまざまな内容を含んでいるものの,いずれも国民国家体系のかかえる矛盾を平和的に克服するための解決策として提出されたものといえるだろう。すなわち国民国家体系においては,中世のヨーロッパ国際社会におけるカトリックに相当するような国際社会全体に通用する普遍的正義,あるいは〈世界軍〉とか〈世界警察〉のような超国家的強制装置は存在していない。そして,そのような状況下に複数の主権国家が併立していたのである。その結果,近代の国際社会では,自国の安全をはじめとする個別の国益を追求することが,それぞれの国家にとっての最高の目標となり,諸国家間で利害の衝突が生じた場合,究極的には各国がそれぞれに有する軍事力を発動することによって紛争解決がはかられてきた。その意味において,近代国際社会は,つねに--実際の戦争が行われていない場合にでも潜在的には--〈互いに狼である〉というホッブズ的な戦争状態にあったといえる。

 国際社会がこのような戦争状態から脱するためには,複数の主権国家が併立するという状態を解消し,諸国家の統一をはかればよい,という考え方が一つの論理的帰結として出てきうる。しかし統一をはかるといっても,ある国家が,自国の軍事力を用いて他国家との統一を企てることは,それ自体,戦争の原因となりかねない。実際,ナポレオン帝国や大東亜共栄圏建設の企ては大戦争をひきおこす原因となった。国際統合構想は,国民国家体系のかかえる矛盾を解消するために諸国家の統一をはかろうとするものであり,平和的統一を実現するために,強制を排し,諸国家の自主的な主権放棄を主張するものであったといえよう。

近代の早い時期から種々の国際統合構想が打ち出されてきたものの,国際統合という考え方が国際政治において重要な意味をもつに至ったのは第2次大戦後のことである。これは,直接的には,ヨーロッパ共同体ECをはじめとする国際統合の動きが実際にいくつかの地域で進行しはじめたという要因が働いている。しかし,より根本的には,軍事・政治・経済・文化など人間生活のほとんどあらゆる側面において,国境を越えて活動が展開されることが常態化し,その結果,核戦争の危険,世界的インフレの進行,南北間の貿易不均衡の拡大,資源の乱獲および不公正配分,世界的な環境汚染など,個別国家単位では解決しきれない問題が頻発してきたという事情がある。すなわち第2次大戦後,国民国家体系の超克が国際社会に課せられた急務になってきたのである。

 第2次大戦後のヨーロッパ統合運動の直接の動きは,戦争中にレジスタンス運動のなかで培われた連邦主義に求められる。〈解放と(ヨーロッパ)連邦〉は,一部のレジスタンス運動のスローガンとなった。これらの連邦主義者は,アメリカ独立革命時の例にならい,解放後,連邦憲法を制定して一挙に東欧諸国をも含む〈ヨーロッパ連邦〉を樹立するという構想を立てていた。しかし戦争後,この構想は各国政府のいれるところとならなかった。このようなヨーロッパ統合運動の停滞を打開したのが,フランスのモネJean Monnet(1888-1979)をはじめとする新機能主義者neo-functionalistの運動であった。モネは,連合国によるドイツ占領終了後にドイツ,フランス間紛争の一因となると懸念されていた,ライン地方の炭田および鉄鋼業の管理権の帰属につき,これを独立したヨーロッパの超国家的機関にゆだねることを提案した。この提案はドイツ,フランス,イタリアおよびベネルクス三国に受けいれられ,結局,これら6ヵ国地域内の石炭・鉄鋼の管理を行うヨーロッパ石炭鉄鋼共同体ECSCが1952年に設立された。モネは当初このような超国家的機関が徐々に機能を拡大し,また加盟国も増やすことによって,究極的には連邦主義者のめざしていたような〈ヨーロッパ連邦〉が成立することを期待していた。ハースErnst B.Haasのような国際統合の研究者も,初期の研究において,ある一つの部門で国際統合が始まると,それは自動的な波及効果をもち,機能や加盟国が徐々に拡大していくという仮説を立てており,モネの企てに理論的支柱を与えていた。実際,58年にはヨーロッパの経済社会政策全般の統一と共同市場の設立をめざすヨーロッパ経済共同体EECと,ユーラトム(EURATOM。ヨーロッパ原子力共同体)が設立され,67年には3共同体の機構統合によりECが成立した。しかしその後,EC加盟国数は徐々に増加していったものの,80年代後半までは,連邦形成に向かう具体的兆候はみられず,ヨーロッパ統合は長い停滞状態が続いた。

 EC以外にも世界の各地域において,共同市場・関税同盟・自由貿易地域などと呼ばれる経済統合の動きが現れた。東欧におけるCOMECONコメコン)(1991年解散),ラテン・アメリカ自由貿易連合LAFTA(ラフタ)(1981年に改組してラテン・アメリカ統合連合ALADI),中米共同市場CACM,南米南部共同市場Mercosur(メルコスル),東南アジア諸国連合ASEANアセアン)などがその例に当たるが,これらもECと同様,連邦に向かう兆候はみられず,そればかりか,当初から連邦の形成を予定していないものもある。国際統合がこのような形で進展している事実をふまえ,近年は国際統合の研究者の間でも,国際統合を多義的な概念としてとらえようとする理論も有力になっている。すなわち,世界の各地域で〈国際統合〉と呼ばれる現象が現れているが,これを,一様に連邦の成立をめざすプロセスとして理解するのでなく,さまざまな最終目標をめざす多様なプロセスとして理解しようとする見解が目だつようになっている。

ECは当初から域内関税を撤廃するなど共同市場化は達成していたものの,さまざまな非関税障壁は残っていたため,1987年に単一欧州議定書Single European Actを発効させて,92年末までに財・サービス・資本・人の域内自由移動を保障する単一市場の完成をめざすことになった。この単一市場化をきっかけに,ヨーロッパ統合は長い停滞から脱け出すことに成功した。92年には欧州連合条約(マーストリヒト条約)が調印され,これにもとづき93年末からECに代わりEU(European Union,ヨーロッパ連合または欧州連合)が発足した。EUは,共通外交・安全保障政策の形式やヨーロッパ市民権の創設をめざし,経済面では単一通貨ユーロの発行を予定するなど,ヨーロッパ連邦形成に向かう姿勢を強く打ち出している。

 しかし加盟国の中には,イギリス,デンマークをはじめとして,急速なヨーロッパ連邦化には抵抗する動きも現れた。これに対しEUは,〈ヨーロッパ市民〉の要求に地方自治体ではこたえられない問題を各国政府が担当し,各国政府でも対処できない問題をEUが扱うという〈補完性(サブシディアリティ)の原則〉を前面に押し立てることで,ヨーロッパ統合の進展が中央集権化につながるという懸念を払拭しようと努めている。

1995年にEUは,15ヵ国が加盟し,人口約3億7000万人を擁することになったが,これまで進展してきたヨーロッパ統合は,次のような点で画期的であったといえよう。第1に,複数国間の経済統合がかつてないほどの規模と深みで達成された。第2に,ドイツ,フランス間をはじめ,西欧諸国は何世紀にもわたり戦争を繰り返し,20世紀にはヨーロッパが2度の大戦の戦場となったが,ヨーロッパ統合の進展によって西欧諸国間で戦争の起こる危険はほとんど消滅した。第3に,若年層を中心として,各国国民としての意識に代わって〈ヨーロッパ人〉としての意識が強まった。第4に,ヨーロッパ各地では,伝統的言語によるテレビ放送や学校教育が開始されるなど,地方文化復興の動きが目だつようになっているばかりか,国家から地方自治体への権限の移譲,さらには,スコットランド,バスク,コルシカなど,国家から分離独立を求める動きも見られるが,ヨーロッパ統合は,これらの分権化の動きと連動して進んでいる。

 冷戦の終結によって,ヨーロッパ統合は,中欧さらには東欧諸国をも含んで進むことが予想され,また軍事・安全保障の面でも統合が進展することが見込まれる。今後ヨーロッパ連邦化が実現するかどうかは未確定であるが,いずれにせよ,西欧・中欧・北欧の各国民国家が,ヨーロッパ統合と分権化の双方の動きによって,権限を大幅に失っていくことになるだろう。
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知恵蔵 「国際統合」の解説

国際統合

複数の主権国家が、平和的手段で統一体を形成していく過程。国際統合は、世界全体のレベルでは、国連の機能拡大などが試みられているが、大国のヘゲモニーが強く、試行的段階にとどまっている。それに対して地域レベルでは、地理的に近接し文化・伝統と経済レベルが比較的近いEU(欧州連合)で高次の統合が進行中であり、ASEAN(東南アジア諸国連合)などでも地域主義に基づき様々の可能性が模索されている。そのため、地域統合と呼ばれることが多い。統合とは、部分や要素を結びつけて全体を構成すること。歴史的には、例えば北米13州が米連邦国家を形成したような、政治的組織の統一と法的一体化の過程を意味していた。しかし近年のEUでは、域内における人・モノ・サービス・情報の自由化、規格や安全基準の統一から、国家主権の根幹をなしていた通貨の発行・管理が欧州中央銀行を軸とするシステムに一元化される過程に発展した。また共通の外交、安全保障、司法、国境管理など、政府間で分野ごとに政策協調の制度化が進展している。こうした各次元での統合の進み方が異なり、また目標とする状態も必ずしも画一的でないが、今日では統合とはこうした多次元にわたる多様な過程と考えられている。また欧州統合の進展とともに、二度の大戦を戦った独仏間、独英間などで、戦争の可能性はほぼ消滅した。ここでは、深刻な利害対立が生じても、非軍事的方法によって収拾できるという認識と実績が積み上げられてきた。このような状態を不戦共同体(security community)と呼ぶ。さらに西欧では、市民の間に次第に“ヨーロッパ人”意識が強まり、指導者相互にはパートナー意識も根付いてきている。この脱主権国家化の傾向は、加盟国内の民族集団や少数者集団の自立化を促進している。他方で、各加盟国内では移民・移住者への反発も高まっている。また強大な超国家的権力が立ち現れることへの警戒感と、さらにそれがEU議会などの民主主義的な制度では統制不能ではないかとする懸念も生まれている。これらは一部加盟国がEU憲法条約案を国民投票によって否決した事例が示すように、統合に対する根強い抵抗を含む多様な議論を呼び起こしている。

(坂本義和 東京大学名誉教授 / 中村研一 北海道大学教授 / 2008年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「国際統合」の意味・わかりやすい解説

国際統合
こくさいとうごう
international integration

国家間の紛争をなくし,永続的な平和を実現することを究極の目的として探究される,国民国家のレベルをこえた地域統合,さらには世界的な統合をいう。最終的に達成される国際統合とは,個々の主権国家を超越する国際的な権威と権力が存在し,人々の忠誠心が超国家的な組織に向けられるようになった状態をいうが,いまだ目標の域を出ていない。これを達成するには上記の目的の性格からして,武力を伴わない平和的な過程であることが前提とされる。

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世界大百科事典(旧版)内の国際統合の言及

【ヨーロッパ連合】より

…それは,共同体域内の国際関係に関する限り,〈パワー・ポリティックス〉に特有の〈砲艦外交〉方式の破棄にほかならない。 第2の意義は,EUが国際政治の〈国家体系nation state system〉に挑戦し,この体系を変革していこうとする〈国際統合international integration〉のダイナミックスをもっていることである。〈国際統合〉のダイナミックスとは,構成国が国家の心情的属性(ナショナリズムとか国家に対する忠誠心)や行動的属性(国家の対外政策の決定権とか政治的自立性)を,漸進的に新たな超国家的共同体に委譲していく政治過程を意味する。…

※「国際統合」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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