土地問題(読み)とちもんだい

改訂新版 世界大百科事典 「土地問題」の意味・わかりやすい解説

土地問題 (とちもんだい)

土地問題とは,人間の生存にとって欠くことのできない資源である土地について,特定の少数者が排他的な支配力を行使することにより,支配力を持たない多数者との間に鋭い利害の対立を生じている事態だと定義することができる。土地に対する支配力は,それぞれの社会のそれぞれの歴史段階によって異なっているが,資本主義社会においては一般に土地に対する所有権とよばれるものであり,特定の土地片に対して排他的に使用,収益,処分する権利を指すと考えられている。土地所有権は,契約の自由とならんで資本主義社会における法の精神ともいうべきものであり,したがって資本主義社会にあっては国家という政治機構は土地所有権を保護する機能を期待されている。しかし,少数者の土地に対する支配力が,支配力を持たない多数者の貧困の原因と考えられるときには,土地を持つ者と持たざる者との間には鋭い階級的な対立が生ずることになる。その典型は,第2次世界大戦前の日本においても顕著に見られた地主小作間の対立抗争である。したがって社会改良家あるいは革命家とよばれる人々は,例外なく土地問題の解決を重要な政治綱領だと考え,土地所有権を棄揚すること,あるいは少なくとも土地所有権の絶対性を否定してこれに社会的な介入を行う必要を主張した。たとえば土地の国有化あるいは公有化は,社会主義者の政治綱領にとって欠くことのできないものと考えられ,19世紀末にアメリカ合衆国で大きな反響をよんだヘンリー・ジョージHenry George(1839-97)や,その影響を強く受けたイギリスのフェビアン協会派の人々,さらに中国革命の父とよばれる孫文らは,土地に対する課税が土地問題の解決に貢献すると主張した。

地主小作の対立抗争は,現在でも多くの発展途上国において最も深刻な土地問題である。しかし,日本では第2次世界大戦後に戦後改革の一環として行われた農地改革によって,地主小作問題はほぼ解消した。少なくとも高率小作料に苦しむ小作人と巨額の不労所得を享受する地主の二極分解という形の土地問題は,ほとんどみられなくなったといってよい。現代の土地問題は,農村よりもむしろ大都市にその重心を移しつつある。

 今日の土地問題は,大きく分けて,三つの形をとってあらわれている。第1に,住宅地の地価が所得の上昇を上回る速さで上昇したため,平均的な勤労者が住宅を取得できず,またかりに取得できたとしてもその住宅が狭く貧しいことである。しかもその一方では,たまたま広い土地を持っていた人たちの資産価値が急上昇して,その一部を売っただけで,巨万の富が得られている。つまり,土地を持っている者と,持たざる者とのあいだに生活水準の大きな格差を生じ,その格差が確実に広がっているのである。第2に,住宅と工場が混在したり,低層住宅地のなかに高層住宅が建築されたりするなど,土地利用のあり方が混乱し,それにともなって住環境の悪化が進んでいることである。土地利用の混乱は農村部においても深刻である。農地の中に都市的な施設ができてしまったために農業用水が汚濁したり,排水路の水量が増して氾濫を起こすような事態が全国随所にみられる。第3に,道路や公園,学校のような国民の生活に不可欠な公共施設の整備が遅れていることである。地価の上昇と土地所有者の強い抵抗のために,自治体はなかなか公共用地を手に入れることができないことが,その原因である。

大切なことは,以上あげた三つの現象は,独立に発生しているのではなく,たがいに関連していることである。たとえば地価の高騰は,公共用地の取得を困難にし,公共施設の整備を遅らせる原因になっているが,逆に公共施設の整備の遅れが,ますます住宅の貧困に拍車をかけている。また地価の高騰は,マンション建設やミニ開発の原因でもあるが,逆にマンション建設やミニ開発が,地価の上昇を加速してもいる。さらに都市郊外の田園地帯における無秩序な都市化,いわゆるスプロール現象sprawlは,緑を少なくして環境を悪くするばかりでなく,計画的な都市づくりがおこなわれている場合にくらべると,公共施設の効率をいちじるしく悪くし,それだけ住民に対する税負担を重くする。このような現象が起こった原因は,根本的には高度経済成長期に資本と人口が都市に集中したことにある。都市化がすすむ過程では,第1次産業の従事者は第2次産業,第3次産業へと職をかえる。日本の戦後には,地域間の人口移動と産業間の人口移動が同時に起こり,都市における過密と農山漁村における過疎が,同時平行的に進行したのである。その結果,資本と人口の集中した都市では,もともと限られた資源である土地に対し,企業用地や住宅用地として強い需要が発生した。

今日の土地問題の根本原因が,こうした都市への資本と人口の集中という需要面にあることは間違いない。しかし同時に,土地を供給する側すなわち土地所有権の面にも,特殊な事情があったことは無視できない。都市が膨張する過程で,都市的な土地需要に応じて土地を供給したのは近郊地帯の農家であった。しかし日本の農家は,その労働力や機械力にくらべて経営規模が小さいという歴史的な宿命を負っており,土地を手放したくないという強い執着をもっている。そのうえ供給よりも需要が強いため地価が高騰をつづけて,その地価上昇率が一般的な利子率の水準を超えるようになると,今年売るよりも来年売るほうが得,来年売るよりも再来年売るほうが得,という心理が土地所有者に働くようになり,土地に対する執着は,いやがうえにも高まる。同じ心理状態は需要者のほうにもみられ,借金をしてでもできるだけ早く土地を買おうとする傾向が強くなる。そのうえ,当面必要のない土地でも買っておけば将来の値上がりが期待できる,という投機的な需要も加わって,地価が異常な高騰をみせたのである。

 1973年のいわゆる石油危機をきっかけとして,日本経済はそれまでの高度成長から低成長へと移行した。それにともなって,都市における土地需要も大幅に減退したけれども,前述の心理状態はその後も人々の心のなかに生きつづけた。とくに都市近郊の農家は,みずからの居住のための住宅の新築など特別に大きな出費が必要な場合を除いて,土地を売ろうとしない。しかもその出費をまかなうためにも,地価が高ければ高いほど,わずかな土地を売ればすむことになるから,都市近郊における土地供給は価格が高ければ高いほど小さくなる傾向を示し,価格の上昇が供給増をもたらす一般の商品の場合とはまったく逆の形を示すようになってしまった。また多くの場合売られる土地は小面積で,計画的な都市づくりを進めることがむずかしく,スプロール現象は解消するどころかますますひどいものになっていった。土地所有者の農民的な意識とその意識による土地に対する支配力が,新しい都市的な土地利用秩序の成立を妨げ,その結果として多数の都市住民が,貧しい住環境と都市環境にさらされることとなったのである。

このような状態を解決するためには,まず資本と人口を地方に分散する必要がある。少なくともこれ以上の大都市への集中は防がなければならないが,それと同時に土地所有権に対して社会的な介入を行う必要がある。土地所有権とは,先に述べたように特定の土地片に対して排他的に使用し,収益し,処分する自由を社会的に保障されることである。したがって土地所有権に対する社会的介入とは,これらの自由に対する制限にほかならない。その制限は具体的には,土地利用規制,土地租税,土地収用の形をとる。すなわち使用の自由は原則として認められるが,その自由は社会が合理的と判断する土地利用計画に従わなければならず,収益の自由は認められるがその収益のうちから一定の税を納めることが義務づけられる。さらに一定の公共目的のために土地所有者は公共機関に土地を売り渡さなければならず,この場合処分の自由は否定される。土地所有権を前提とする資本主義国家では現在,土地利用規則,土地租税,土地収用とその組合せが,土地政策を構成するのである。

土地利用規制は,一定範囲の土地について,ある種の土地利用を禁止することを主たる内容とする。禁止を犯した者に対しては,たとえば建物のとりこわしの代執行が行われることがあるばかりでなく,悪質な違反者に対しては刑事罰を加えることもできるものとされている。その意味で土地利用規制とは,警察力に担保された一種の禁止の行政行為である。禁止の根拠は,禁止の対象となる土地利用が近隣の人々あるいは一般公衆になんらかの迷惑を及ぼすことに求められるから,土地利用規制の機能は,好ましくない土地利用を排除することに尽きる。また禁止は土地利用計画の形で,公衆が知りうるものになっていなければならない。

 日本の土地利用規制は,国土利用計画法を基本法としている。これによれば日本の国土は都市地域,農業地域,森林地域,自然公園地域,自然保全地域の5地域に分類され,それぞれの地域について都市計画法と建築基準法,農業振興地域整備法,森林法,自然公園法,自然環境保全法により具体的な土地利用規制の内容が定められている。このように一応の法律的体系ができ上がっているとはいっても,土地利用規制は他の土地政策に比べ政策としての歴史が浅く,したがって国民の間にもその重要性の認識が十分に浸透しているとはいいがたい。土地所有者は使用の自由に制限がかけられるのを嫌って合理的な土地利用計画の策定に抵抗し,実際多くの都市の都市計画は現状追認の域を出ていない。しかし大都市周辺におけるスプロール現象などの土地利用の混乱を解消するためには,合理的な土地利用計画を策定することは不可欠の条件である。なお,土地利用規制はある種の土地利用を禁止するものであって,ある種の土地利用を強制するものではない。たとえば都市計画法による住居専用地域では住居以外の建物の建築は原則として禁止されるが,建物を建てないことが禁じられているわけではなく,したがって住宅の建築が強制されているわけでもない。その意味で土地利用規制は,土地の需要と供給の双方に対して抑制的であって,土地の価格に対しては中立的である。

土地収用

土地利用規制が好ましくない土地利用を排除するという,どちらかといえば消極的な機能を果たすのに対して,土地収用は好ましい土地利用を実現するという積極的な機能を持っている。収用の対象となる土地片は土地収用によって私的な土地所有権が否定され,代わって公共機関が社会的に必要と考えられる土地利用を実現することができるようになるからである。しかし土地収用は土地所有権に対する最も強い対抗手段であるから,土地所有権を認めることを承認する資本主義国家では,土地収用権の発動に対しては,かなり厳しい条件を付しているのが一般的である。その条件とは,日本の土地収用法の場合には収用の目的となる事業の公共性が十分に高いこと,収用に先立って土地所有者に対して正当な補償が支払われること,そして以上の2条件が確実に満たされるように正規の法手続がふまれること,である。ただし日本では公共用地の取得に際して土地収用法が適用され,収用委員会の裁決によって土地が収用されるという場合はむしろ例外的であり,大部分の公共用地は私的な土地所有者と公共機関の間の任意契約に基づいて買収されている。任意契約の場合には,土地の買収単価は一般の市場の取引と同水準である。また収用の場合にも,土地所有権の喪失に対する正当な補償とは,一般にその土地の市場価値だと解されているから,土地収用によって土地の価格が下がるということは一般的には起こらない。

 日本に独特な土地政策として土地区画整理がある。区画整理が行われると一定範囲の土地所有権はいったん一斉に消滅し,道路・公園等の公共用地が設定されてから,従前の土地所有権者に改めて土地を配分する。この換地処分とよばれる法手続は,従前の所有権に代えて補償金ではなく換地を配分するという点で,土地収用の一変形だと考えられている。なお配分される換地は従前の土地に比べて公共用地の増加分だけ小さく(減歩とよばれる)なっているが,公共施設が整備されたことにより土地の効用ひいては市場価値が上昇していると考えられるから,一般的には換地処分に際して補償金が支払われることはない。

土地利用規制と土地収用がともに土地の利用に関する政策であって,土地価格に対して中立的であるのに対し,土地租税は土地価格に対して直接的な機能を果たす。また土地租税には,土地の売買によって実現するキャピタル・ゲイン(資産の値上がり利益)の一部を公共に還元させることによって所得の再分配を進める機能もある。租税は一般的に所得税,流通税,財産税に分類されるが,日本の現行の土地租税には譲渡所得税(所得税),不動産取得税・登録免許税(流通税),固定資産税・都市計画税・特別土地保有税・相続税・譲与税および新設の地価税(1992年施行)(財産税)などがある。これらのうち財産税は,土地を所有することに対して,その土地の市場価格に一定率を乗じた額を課税するものであり,土地所有者はこの税がかけられると税負担に耐えるために土地を手放すか,あるいはみずから土地の有効な利用を進めなければならなくなるから,いずれにしても土地市場における供給促進の効果が期待できる。また特別土地保有税は,土地を遊ばせて将来の値上がりを待つことを難しくするから,投機的な心理を抑制するうえでも効果的である。これに対して所得税は,土地の売却によって売手が得たキャピタル・ゲインの一部を徴収するものであって,所得再分配という本来の効果のほかに,投機的な需要を抑制する機能もある。しかし,流通税は買手に対して課されるものであるから,今日の土地問題を解決するうえで直接的な効果は期待できない。

 以上のように,土地政策にはそれぞれに独特の機能があり,またそれぞれに限界がある。合理的な土地利用と有機的に結びつけられていない土地租税は,かえって土地利用の混乱をひどくするかもしれないし,合理的な土地利用と関連を持たない土地収用は,十分な公共性を主張することができないために,収用の要件を欠くことになるかもしれない。したがって今後の土地政策に望まれるのは,長期的見通しに基づいて設定された政策目標を実現するために,いくつかの手段を有機的に結びつけていく,総合的な判断である。
住宅問題 →都市問題 →土地税制
執筆者:

1980年代後半の異常な地価高騰に対処するために,従来の土地政策体系を総括し,かつ今後の土地政策の基本理念を表明した1989年制定の法律。土地利用に関する公共の福祉の優先,計画に従った適正な利用,投機的土地取引の抑制,地価の上昇に応じた受益者負担などの原則の確立により,土地需給の緩和を企図したもの。土地政策審議会の設置も規定。92年には,その理念に基づいて,都市計画法が大幅に改正された。なお,バブル崩壊後の土地政策の動向に関しては,96年11月の土地政策審議会の答申に基づき,97年2月に〈新総合土地政策推進要綱〉が閣議決定され,土地政策の目標を地価抑制最優先から土地の有効利用へと転換するとともに,〈土地取引の活性化の促進〉という目的が掲げられた。同年6月には,その一環として都市計画法と建築基準法が改正されて容積率規制が緩和された。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の土地問題の言及

【所有権】より

…しかし,日本においては,所有権のなかでも土地所有権の絶対性の観念は根強く残っている。そのため,現代においては土地問題の解決の大きなネックとなっている。 現在の土地問題とは,1960年代以降本格化した高度成長に伴って現れるに至った各種の新しい土地問題である。…

※「土地問題」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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