特定の公共事業の用に供するために,他人の特定の土地所有権を強制的に取得することをいう。私有財産制の保障と表裏一体の関係をなすものとして,近代法治国家の憲法の下に成立した土地収用制度は,一方において公共の利益となる事業の遂行と,他方において私有財産の保護という二つの目的を調整する法制度である。損失補償は,土地収用の観念そのものの要素ではないが,それと切り離して考えることはできない。私有財産制を憲法が保障している以上,たとえ公共性の高い事業のためとはいえ,無補償でかつ公正な手続によることなく財産権を収用することは許されない。公共事業のために財産権を収用されることによって権利者がこうむった損失に対しては,公的負担の平等の理念(憲法14条)からいっても,全体の負担において正当な補償がなされなければならない。そこで憲法29条3項は,私有財産を正当な補償の下に公共事業のために収用することができる旨を定めて,土地収用制度に憲法上の根拠を与えている。現在,土地収用に関する一般法として,〈土地収用法〉(1951公布)があり,また同法を補充する関係法令として,〈公共用地の取得に関する特別措置法〉(1961公布)がある。
土地収用は,公用負担制度の一部をなすものである。公用負担は,一定の行政計画に基づく土地利用の合理化を図り,公益上必要な特定の事業の需要を満たし,または特定の物の効用をまっとうするために,国民に対して行政的に課せられる経済的負担であり,土地収用のほかに,公用制限,公用換地,権利変換などの制度がある。一般に,公共事業用地の取得の大部分は任意買収によっており,土地収用は最後の手段として用いられているのが現状である。
土地収用制度は,土地に対する封建的支配が廃止され,土地所有権の制度が成立することが当然の前提になっている。日本では,1872年2月の太政官布告で江戸幕府以来の土地の永代売買禁止が解除され,同月の大蔵省布達をもって地券渡方規則が設けられて以後土地所有制度が発達することになった。その後,同規則は同年10月の大蔵省布達により改正され,その20条が日本で最初の土地収用規定となったとされている。次いで,75年7月太政官達〈公用土地買上規則〉が制定され,数次の改正を経ながら土地収用の一般法として機能していたのであるが,89年に,土地収用法の名称のつけられた最初の法律が制定された。その後,民法の制定,収用法自体の不備,収用対象事業の増加等の事情に対応するために,1900年新たな土地収用法が制定された。戦後に入り,明治憲法下の官権的色彩が濃厚で,個々の規定内容も社会の実情に適合せず,法適用上にも行詰りが生じていた土地収用法に代えて,51年に現行土地収用法が制定され,私権の保護の徹底,時勢の進展に伴い収用の認められる公共事業の範囲の拡大と整備,損失補償の規定の整備・拡充,収用手続の整備等が図られた。
しかしその後,戦後の復興の段階を経て開発整備期に入り,大規模な公共事業が行われるようになると,とくに面的開発を内容とする公共事業の用地取得について法運用上さまざまな欠陥,ごね得の弊害などが収用制度の不備として指摘されるに至った。そこで,67年に土地に対する補償金の算定時について事業認定時主義をとる大改正が行われ,現在に至っている。
〈土地収用法〉において収用の目的物つまり収用の対象の中心は,いうまでもなく〈土地〉である(2条)。収用には,その法的効果に着目して,他人の所有権の取得をきたす〈取得収用〉と,起業者の所有する土地に地上権等の権利があり,それが事業の支障となるために,その権利を消滅させる〈消滅収用〉とがあるが,法律上は同一の手続で処理されている。また,土地の収用は,例外的に,主として被収用者の利益のために,事業に必要な範囲を超えて収用する場合がある。これを〈拡張収用〉ないし〈逆収用〉と呼んでいる。
土地収用手続を構成する当事者として,公共事業者(起業者),被収用者,建設大臣・都道府県知事および収用委員会などの行政機関の三つがある。
起業者は土地収用の主体となる者で,土地を収用することが認められる適格性をもった公共事業を行う者である。土地収用が認められる公共事業を,法律上は〈公共の利益となる事業〉と呼ぶが,一般に〈収用適格事業〉といわれている。収用適格事業の定め方には,これら事業の類型を法定しておく制限列記主義と,事業ごとに個別的に審査したうえで法定する個別立法主義とがあるが,〈土地収用法〉は前者を採り,3条において道路事業以下収用をなしうる事業を列記している。最近の収用適格事業の定め方の傾向として,いわゆる〈公共的私的収用〉を認めていることを指摘できる。たとえば,住宅団地の造成および住宅経営事業(3条30号)は,事業完成の後は土地等は私人に譲渡または賃貸され,その者の私益の目的に供されることになるのであるから,直接一般公衆の利用に供することを目的とし,それゆえに土地の収用が認められる道路事業等の他の公共事業とは異なる。ここに,近年の収用適格事業の公共性の拡大の傾向をみることができる。
収用手続の第2の当事者である被収用者は,土地所有者および関係人である(8条2,3項)。関係人は,収用の目的物が何かによって定まる。土地が収用の目的物の場合は,土地に関する権利者および土地に定着する建物等の権利者が関係人であり,土地所有者と同様に損失補償請求権を認められるなど収用手続に関与しうべき地位が保障される。なお,土地について仮処分をした者等は,関係人ではないが,〈準関係人〉として収用手続において一定の手続的権利が認められている。
収用手続の第3の当事者である行政機関のうち,建設大臣,都道府県知事は,一連の収用手続の第一段階をなす事業認定をする機関として重要な役割を果たしている。収用委員会は,土地収用の裁決の権限を行使し,具体的に特定の土地を収用することを法的に決定するとともに,それに伴う損失補償額を決定する。収用委員会は都道府県知事の所轄の下に設置され,職権の独立性が認められている(51条)。
事業準備のための手続を経て,一連の収用手続は,事業認定によって開始される(16条)。事業認定は,3条に列記されている事業について,具体的に起業者,起業地および事業計画を確定し,その事業が土地を収用することのできる公共性をもつかどうか,その土地の利用が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するかどうかを判断したうえで,起業者に土地を収用する権利を与える行政行為である。事業認定があるとさまざまな効果が生じるが,とくに重要なものは,収用対象地の範囲の確定,当該土地の価格固定,土地の保全義務,関係人の範囲の制限等である。事業認定時での土地の価格固定は,損失補償の根幹にかかわる問題で,土地の補償金算定基準時を,従来の裁決時主義からこの事業認定時主義に変更することが,1967年法改正の主要な改正点であった。土地の価格固定は,土地所有者等に補償金の支払請求権,それに対応する起業者の概算による補償金の支払義務などが整備されているので,憲法上の要請を満たしているものと解されている。
事業認定には,二つの〈みなす事業認定〉がある。一つは,〈公共用地の取得に関する特別措置法〉7条に基づく特定公共事業の認定であり,他は,都市計画法59条に基づく都市計画事業の認可または承認である。これらについては,土地収用法に基づく事業認定を必要としない。いずれも,公共性がきわめて大きい事業と考えられているための措置である。
事業認定があると,起業者は事後の収用手続を一定期間内に遂行しなければならないのであるが,大規模な事業の起業地を短期間に収用手続にのせることは不可能である。そのために,手続保留制度が設けられている(31条)。手続保留地については収用手続が保留される代わりに,土地の価格固定は行われない。
次いで,裁決申請の準備手続の意味をもつ土地物件調書の作成の手続が行われる(35条)。これは収用委員会の審理の際に,事実の調査・確認における煩雑さを避け,その能率化を図るために,収用対象地に関する事実および権利の状態,これらについての当事者の論点を記載して,あらかじめ整理することを目的としている。
収用裁決には,権利取得裁決と明渡裁決の2種類がある(47条の2)。権利取得裁決は土地の所有権の取得に関する裁決であり,明渡裁決は起業者がすでに所有権を取得した土地を現実に事業の用に供しようとするときの土地占有者の排除に関する裁決である。これに応じて,裁決申請も,それぞれ独立に行われる。もっとも,両者を同時に行うことは許される。権利取得裁決で定められた権利取得の時期までに補償金の払渡しなどの義務を履行したときは,起業者は,当該土地の所有権を取得し,土地に関するその他の権利は消滅する。つまり,起業者は,土地を〈原始取得〉するのであり,これが土地収用の効果である。土地の引渡しが履行されない場合には,行政代執行(代執行)などが行われる。収用裁決に不服がある場合には,土地収用または損失補償金に関する行政訴訟を提起することができるが,損失補償に関する訴訟は,〈公法上の当事者訴訟〉の形式によらなければならない。また収用地を事業の用に供しない場合などには,旧土地所有者に買受権が認められている。
執筆者:小高 剛
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
公共事業のために必要な土地等を所有者等から強制的に取得すること。私有財産は正当な補償の下に公共のために用いることができるとする憲法第29条第3項に基づき土地収用法(昭和26年法律第219号)が、公共事業の遂行と私有財産の保障を調和させるため、その要件、手続、効果、損失補償を定めている。土地収用をする資格のある事業(収用適格事業)は、同法第3条に列記されているものと、都市計画法に定める都市計画施設の整備に関する事業、および市街地開発事業(土地区画整理事業、市街地再開発事業等)に限られ(都市計画法69条)、これ以外の事業ではそもそも土地収用はできない。もともとは公共事業の用地を取得するための制度であって(道路、公園、学校、河川、高圧線、鉄道など)、当該土地は最終的には公共の用に供されていたが、その後、住宅団地や工業団地の造成事業のように事業完成後は私人に譲渡または賃貸され、その私的な利用に供されるものも、よりよい街づくりに寄与するという理由で収用適格事業とされている(公共的私的収用)。
収用適格事業であるというだけでは抽象的に収用する資格があるというにとどまる。具体的に当該事業が土地を収用するに足るだけの公益性を有するかどうかは、事業認定の制度で国土交通大臣または都道府県知事が判断する。これは事業遂行の意思と能力、土地利用の適正かつ合理性、土地収用の公益上の必要性を審査する。事業認定がなされると、起業者(収用者)は土地物件を調査し、都道府県に置かれる収用委員会に裁決を申請することができる。裁決には権利取得裁決と明渡裁決がある。前者は、収用する土地の区域のほか、土地または土地に関する所有権以外の権利に対する損失補償および権利取得の時期について裁決する。後者は、収用する土地の引渡し、物件の収去およびこれに伴う損失補償についてする裁決で、権利取得裁決以外の損失補償と明渡しの時期について裁決される。権利取得裁決がなされ、起業者が裁決で定められた権利取得の時期までに補償義務を履行したときは、起業者は権利取得の時期において土地所有権等を取得し、これと両立しない権利および拘束はすべて消滅する。明渡裁決があると、土地または当該土地にある物件を占有している者は、明渡しの時期までに、起業者に収用された土地を引き渡し、収用する必要のない物件を収用地外に移転しなければならない。その義務の履行がないときは、起業者は市町村長または都道府県知事に対して代執行を請求することができる。
収用委員会の裁決に不服のある者の救済方法は、収用する土地の区域に関する公益的裁決事項と、損失補償に関する私益的裁決事項により異なる。前者は、国土交通大臣に対して審査請求をすることもできるし取消訴訟を提起することもできる。後者は、起業者と土地所有者の間の私的事項であるとして審査請求を認めず、土地所有者と起業者の間で争う(形式的当事者訴訟)ことになる。裁決書の正本の送達を受けた日から前者は3か月以内に、後者は6か月以内に提起しなければならない。なお、「公共用地の取得に関する特別措置法」(昭和36年法律第150号)では、特定の高速自動車国道または一般国道、鉄道のうち一定の重要な区間、重要な空港(成田国際空港、東京国際空港、関西国際空港、中部国際空港)など、公共の利害にとくに重大な関係のある特定公共事業について、事業の円滑な遂行のため土地収用法の特例を定めている。
なお、事業の公益性については、事業認定の段階で決着がついたものとして、収用委員会では審理しないたてまえであったが、現実には収用委員会の審理段階で、事業の公益性がないとの主張がなされて、審理が混乱することがあった。そこで、2001年(平成13)の土地収用法改正により、事業認定段階であらかじめ社会資本整備審議会等の意見を聴き、その意見を尊重しなければならない(土地収用法25条の2、34条の7)として、事業認定の客観性を確保しようとするかわりに、収用委員会では、損失の補償に関して自己の権利が影響を受ける限度で意見書を提出することができるものの、事業認定に関する不服を主張することはできない(同法43条2項、3項)ことが明示された。
ただし、収用されたあとの取消訴訟では、事業認定の取消訴訟を提起していなくても、事業認定の違法を主張することができる。これは、収用裁決の違法性が、その前提となる事業認定の違法性を承継したもの(違法性の承継)と解されるためである。
[阿部泰隆]
…したがって土地所有権に対する社会的介入とは,これらの自由に対する制限にほかならない。その制限は具体的には,土地利用規制,土地租税,土地収用の形をとる。すなわち使用の自由は原則として認められるが,その自由は社会が合理的と判断する土地利用計画に従わなければならず,収益の自由は認められるがその収益のうちから一定の税を納めることが義務づけられる。…
※「土地収用」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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