行政行為ということばは,公の行政活動に含まれるさまざまな行為を漠然とさすこともあるが,行政法学上は,もっと限定された意味で用いられる。もともとはフランスにおいて形成され,ドイツで確立された概念であり,日本でも戦前から用いられているものである。行政処分ということもある。その厳密な定義は論者によって必ずしも一致していない。標準的な定義としては,一応,〈行政作用として人民の法律上の地位を直接具体的に規律することを目的とする行為であって,公権力の行使たる性質をそなえたもの〉ということができよう。行政行為をなす権限を与えられた各省大臣,都道府県知事,市町村長その他の機関は,〈行政庁〉と呼ばれる。
およそ,国または地方公共団体(その他これらに準ずるもの)が公益のために人の行動や取引を規制し,あるいは公益実現のために必要な人的・物的手段を調達する作用には,法的にみて二つの場合が区別される。一つは,国等が関係者に対し法的に対等の立場においてその任意の協力を求めるというかたちで,規制・調達が行われる場合であり,行政指導による規制,契約による物品の調達等がこれにあたる。もう一つは,規制・調達の作用が公権力の行使としての性質をもつと考えられる場合である。後者の場合について見ると,まず,関係者の身体・財産に対し行政機関が直接に実力を行使することでその目的を達するという手法もあるが,そうではなく,関係者の地位について法的な規律を加えることで目的の実現を図るという手法も存在する。公権力の行使としてのこのような法的規律は,さらに,立法による一般的抽象的な規律と,ある特定の場合を対象とする具体的な規律とに区別される。この最後にあげた形式によって行政作用が行われる場合が,行政行為にほかならない。
行政行為の概念は,主として,以上のように規制または調達の作用に着目して形成されてきたものである(後に掲げる例示を参照)。これに対して,国・地方公共団体等が財貨・役務の給付を行う場合については,そこには原則として公権力の行使の要素は存在せず,したがって,給付に関する決定も,原則として行政行為にはあたらない(ただし,後に述べるように最近ではこの原則に対する例外も少なくない)。
以上とは別の観点から,行政行為はまた,行政に属するものである点で立法行為ないし司法行為と区別され,直接人民に対するものである点では行政組織内部の監督・調整等の行為と区別され,さらに,法的規律行為である点において,直接に事実状態に変動を生ぜしめるいわゆる事実行為(工事の施工,前述のような実力行使その他)とも区別される。
なお,法令上は行政行為ということばは用いられず,行為の種類に応じてそれぞれ個別の名称があてられている(後に掲げる例示を参照)ほか,各種の行政行為に共通する事項を定める場合には,〈行政庁の処分〉〈行政処分〉等の表現が用いられる。
以上の意味において,行政行為とは行政庁の種々の行為を包括する抽象概念であるが,具体的にみると,行政行為の内容としては次のようなものがありうる。(1)〈下命〉および〈禁止〉 人に一定の行動(作為,不作為,給付,受忍)を命ずることを下命,そのうちとくに不作為を命ずることを禁止という。行政行為による下命,禁止の例として,道路交通法に基づく違法駐車車両の移動命令,道路標識による通行禁止等がある。(2)〈許可〉および〈免除〉 法令または行政行為によって課せられた一定の不作為義務(禁止)を特定の場合について解除することを許可といい,通行を禁止されている道路における特定車両の通行許可等がその例である。逆に,いったん成立した納税義務を免除するというように,作為,給付または受忍の義務を特定の場合について解除することを免除という。(3)〈特許〉 人の自然の自由に属さない能力,言い換えれば人が当然には保有したり取得したりすることができないようなある種の法律上の地位を,特定人に対して特別に賦与することを内容とする行為。地方鉄道法による鉄道業の免許,河川法による流水占用許可等がこれにあたる。逆に,そのような能力を制限し,または消滅させることを内容とする行為は,剝権行為と呼ばれることがある。(4)〈認可〉 私人間の契約など,特定の法律行為について,その効力を補充し,完成させることを内容とする行政庁の行為。たとえば,農地法の定める農地賃貸借の解約の許可は,前記の意味における許可としての性質のほか,ここにいう認可の性質をも有する。(5)〈代理〉 行政庁が,本来他者のなすべき法律行為を,その者に代わって行政行為として行うこと。租税の徴収のために行われる滞納者の財産の公売がこれにあたる。(6)〈確認〉〈公証〉および〈通知〉 行政行為には,事実または法律関係の存否等,一定の事項について確認したり(確認),これを公に証明したり(公証),あるいはこれを特定人に対して通知し,または不特定多数人に対して公告したりする(通知)ことを内容とするものがある。それぞれの例として,建築基準法の定める建築確認,選挙人名簿への登録,土地区画整理事業計画決定の公告をあげることができる。(7)〈受理〉 行政庁が届出,申請,不服申立て等の行為を有効なものとして受領すること。これも,場合によっては行政行為としての性質をもつ。たとえば,国籍法に定める国籍離脱の届出の受理等。
以上のうち,下命,禁止,許可または免除を内容とする行政行為は,単に事実としての人の行為について命令し,またはそのような命令を解除するにとどまるが,特許,認可および代理は,いずれも,なんらかの法律関係の積極的な形成にかかわる行為である。そこで前者を〈命令的行為〉,後者を〈形成的行為〉と呼ぶ。また,下命から代理までのものについては,法律効果としてその行為の内容に応じた法的規律が生ずることが予定されているのに対し,確認,公証,通知または受理を内容とする行政行為の場合には,それによっていかなる法律効果が生ずるかは行為自体の内容とは別個に定められるという違いに着目して,民法における区別にならい,前者を〈法律行為的行政行為〉,後者を〈準法律行為的行政行為〉と呼んで区別する場合もある。もっとも,この区別の妥当性については異論もある。
なお,以上のような各種の行政行為につき,行政庁がそれを撤回したり取り消したりする行為(後述)および,関係者から一定の行政行為を求める申請ができるとされている場合に,行政庁がそのような申請を拒否する行為も,行政行為である。
行政行為は,行政庁によって決定され,かつ,対外的に表示されることにより,その効果を生ずる。行政庁が,いったん行政行為を行ったのちに,新たな事由が生じたことを理由としてその効果を消滅させることを,〈行政行為の撤回〉という。法令はこの場合にしばしば取消しということばを用いているが,後に述べる取消しとは性質を異にする。行政庁が,行政行為をなすにあたってその効果を制限するために一定の定めを付加する場合,これを〈行政行為の付款〉という。付款の内容としては,条件(停止条件または解除条件),期限,撤回(取消)権の留保等がある。なお,許可,特許等に付随して相手方の遵守すべき義務が定められる場合に,これを〈負担〉と呼ぶ。法令上は〈許可条件〉等というが,これも付款の一種である。
行政庁が行政行為によって法的規律を行うためには,それについて法律または条例に根拠があることを必要とする(〈法律による行政〉の原理)。また,行政行為の要件・手続等についても,それぞれ法による規制が存在しうる。法令が行政行為の要件および内容を完結的に,しかも一義的な文言で定めている場合には,これを〈羈束(きそく)行為〉と呼び,そうでないものを〈裁量行為〉と呼ぶことがある。
行政行為が,本来あるべき態様を逸脱してなされた場合に,その行政行為には〈瑕疵(かし)〉があるという。これには,〈違法の瑕疵〉と〈不当の瑕疵〉の二つが区別される。行政行為が法の規制に違反してなされたと認められる場合が前者であり,法の規制には違反しないとしても公益に適合しない場合が後者である。〈瑕疵ある行政行為〉については,行政庁の職権による取消し(職権取消し)または関係者の申立てに基づく争訟手続による取消し(争訟取消し)がなされうる。ただし,前者に関して,行政行為のうちには,およそ職権取消し(および前述の撤回)が許されないような種類のものもあり,これを,〈不可変更力ある行政行為〉と称する。後者すなわち争訟取消しのための一般的な手続は,現行法上,行政不服審査法に基づく不服申立てと行政事件訴訟法に定める取消訴訟の二つである。いずれも争訟提起期間の制限がある。
現行法上,行政行為の瑕疵を理由としてその効果を否定するには,上記いずれかの方法による〈行政行為の取消し〉という形式を必要とするのが原則である。その結果,行政行為は,その行為に瑕疵があると考える関係者に対しても,正式に取り消されないかぎりは有効なものとして通用することになる。行政行為のこのような通用力を〈公定力〉と呼ぶ。行政行為に公定力が認められることに伴って,関係者が争訟提起期間内にその取消しを求めなかった場合には,もはやその行政行為の効果を争う可能性は原則として閉ざされることになる。この場合,〈行政行為が不可争力を生じた〉という。
以上のような行政行為の公定力の原則には例外があり,瑕疵が重大かつ明白である等,特別の事由が存する場合には,その行政行為は取消しを待つまでもなく当然に無効とされる。
関係者に義務を課す効果をもつ行政行為については,その義務を任意に履行しない者に対し,行政庁がみずから強制執行をなしうる場合がある。この場合には,〈その行政行為には自力執行力がある〉という。もっとも,現行法上このような場合は限定されており,反面,行政行為に基づく義務の不履行について刑罰による制裁が予定されていることが多い。また,許可条件違反等に対する制裁として,許可等の撤回(取消し)がなされることもある。
行政法学上,行政行為という包括的抽象概念が構成されたのは,主として,この概念を用いて民事上の法律関係,とくに契約関係に対する行政上の法律関係の特殊性を明らかにし,かつ,行政作用に関する一般法理を展開することにより,法令の不備を補うことを意図するものであった。今日では,それぞれの行政作用に関する法令がしだいに整備されてきており,また,行政上の関係と民事上の関係との差異を,個々の法令を離れて一般的に強調することについては批判が強まっている。その意味では,行政行為概念の存在意義は低下している。しかし他面では,給付行政作用についてしばしば見られるように,従来は公権力の行使にあたらないとされてきたものについて,行政行為に関する上述の制度ないし法理を適用し,それによって行政事務処理の確実性・画一性の要請や法律関係の早期確定の必要にこたえようとする傾向も見られる。社会保障給付に関する行政庁の決定を〈公定力ある行政行為〉として扱い,契約法理の適用を排除するのは,その一例である。この意味では,法技術的手法としての行政行為の意義は増大しているということもできる。
→行政裁量 →強制執行 →行政訴訟 →行政不服審査
執筆者:小早川 光郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
国または公共団体の行政庁が、法に基づき、優越的な意思の発動または公権力の行使として、国民に対し、具体的事実に関し法的規制をする行為をいう。講学上の観念で、実定法上は、命ずる、禁ずる、許可、免許、特許、認可、処分など種々の語が用いられる。もともと、ドイツ行政法の父といわれるオットー・マイヤーが、フランス行政法と民法の法律行為論を背景に体系化した観念である。前記の意味での行為は、その目的・性質・機能などにおいて他の国家行為や私法行為と異なる統一的特色が認められるというのが、行政行為観念を構成する理由である。
法的効果を生ずる点で、事実行為(道路工事、行政指導など)と区別され、法的効果が外部に生ずる点で、内部的行為(通達行政庁相互の承認など)と区別され、個別的決定である点で、一般抽象的決定である立法行為と区別され、優越的な公権力的決定である点で、対等当事者間の行為である契約と区別される。ここでいう行政庁は実質的概念で、行政権に属する官庁のほか、裁判所や国会も行政作用を行う限りここでいう行政庁にあたる。
行政行為はもともと前記のような実体法上の観念であるが、抗告訴訟の対象となる行政処分(行政事件訴訟法3条)と同義でもあった。ただ、近時は、実体法上は行政行為ではないにもかかわらず、抗告訴訟の対象として救済範囲を拡張するために形式的行政処分なる観念が提唱されている。
[阿部泰隆]
行政行為は種々の観点から分類される。裁量の有無の観点からは自由裁量行為と覊束(きそく)裁量行為に、文書その他一定の形式の要否の観点からは要式行為と不要式行為に区別される。
伝統的には法律行為的行政行為と準法律行為的行政行為の区別が重要である。これは民法の法律行為と準法律行為の区別に倣ったものである。法律行為的行政行為とは、意思表示を要素とする行政行為で、人の自然の自由の制限またはその制限の解除を目的とする命令的行為(下命・禁止・許可・免除)と、人が自然には有しない権利、権利能力、行為能力を付与し、または剥奪(はくだつ)する形成的行為(特許・剥権行為・認可・代理)に分けられる。準法律行為的行政行為は、意思表示以外の精神作用の発現(判断・認識・観念など)を要素とし、確認、公証、通知、受理に分けられる。この区別の実益として、法律行為的行政行為については、その法律効果は行政庁の効果意思(一定の法律的効果の発生を欲する意思)に基づいて発生するのに対し、準法律行為的行政行為にあっては、直接法規に基づいて発生すること、また行政庁は、法律行為的行政行為にあってはなんらかの裁量権を有するが、準法律行為的行政行為にあっては裁量権を有しないこと、などの差異が指摘されてきた。
しかし、法律行為的行政行為の法律効果も法規に基づいて発生するのであるし、行政庁の裁量についても、法規(覊束)裁量の場合は法から自由な裁量が認められないので、準法律行為的行政行為と異ならない。行政行為の附款(条件・期限・負担など)についても、法律行為的行政行為でも法規裁量の場合は附款を附しえないので、準法律行為的行政行為と区別することはできない。このように今日では法律行為的行政行為と準法律行為的行政行為の区別に疑問が呈示されている。
[阿部泰隆]
行政行為には、私法行為や他の国家行為にはみられない特殊な効力があるとされてきた。
まず行政行為は原則として60日以内に不服申立てを、6か月以内に訴えの提起をしないと、原則として(無効の瑕疵(かし)がある場合を除き)争えない。これは、行政上の法律関係を早期に安定させるために、制定法(行政不服審査法14条、行政事件訴訟法14条)により認められた効力である(不可争力)。
次に、違法な行政行為については、行政庁が職権で取り消しうるのが原則であるが、不服申立てに対する裁決など一定の行政行為については行政庁自身を拘束し、行政庁がたとえ誤りであると気づいても変更できない効力がある(不可変更力)。
さらに、行政行為は、当然に無効となる場合のほかは、たとえ違法でも、権限ある機関によって取り消されない限り有効であり、相手方を拘束する(公定力)といわれている。これは一見、法治主義に反する理論にみえるが、今日では、違法な行政行為については取消訴訟により取消しを求めるという救済ルールが法定されている関係上、他の救済ルールのレベルでは行政行為の違法を争うことができないという制度の反映にすぎないといわれるようになった。たとえば、公売処分の取消しを経ずに公売物件の現所有者に返還を求めることができないのは、公売処分の取消訴訟を提起し、これによる公売処分の取消しを条件に現所有者に返還を求めるという救済方法が用意されているためである。
[阿部泰隆]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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