日本大百科全書(ニッポニカ) 「地域経済」の意味・わかりやすい解説
地域経済
ちいきけいざい
regional economy 英語
économique régional フランス語
Regionale Wirtschaft ドイツ語
地域経済には二つのとらえ方がある。一つは、一国の国民経済内部における地理的な構成部分を示すもので、一般的には、ほぼこの意味で用いられる。他の一つは、ヨーロッパ経済、ASEAN(アセアン)(東南アジア諸国連合)経済など、複数の国民経済を含む経済圏をさすもので、近年におけるグローバル化の進展が契機になって多用されるようになってきた。
近代的な国民国家の成立に伴い、荘園(しょうえん)や藩のように限定された地理的範囲の中で閉鎖的な形で営まれてきた経済活動は、国境をもって仕切られた国民経済循環を中心にしたものへと再編成された。国民経済循環を構成する各種の経済活動を担う経済主体のうち、生産の主体である企業も、消費の主体である家計も、可能な限り有利な場所に自らの立地を定めようとする。市場メカニズムの下では、企業の立地が家計の立地を牽引(けんいん)する傾向が強いために、企業の立地(産業配置)を軸とした経済活動の「地理的まとまり」が国民経済内部の各所に形成される。現在の地域経済とは、このような過程を通じて成立した国民経済内部の部分空間経済である。
その意味からすれば、地域経済は、機能的な統一を基準として把握される経済活動の地理的まとまりである。したがって、どのように基準を設定するかによって、把握される地域経済の姿も異なってくる。商圏を例にとれば、宝石や貴金属などの買回品(かいまわりひん)を扱う店舗の来客範囲は、食料品などの最寄品(もよりひん)のそれよりも広く、後者の範囲をいくつも含んでいる。このように広狭さまざまな経済活動の地理的まとまりが「重層的」に積み重なる形になっているのが、地域経済の特徴でもある。
地域行政区分の範囲(行政区域)の経済を、地域経済とよぶこともあるが、通勤や買い物などを考えれば理解されるように、居住地とは別の場所で所得を得たり、消費をしたりする場合は少なくない。このような事情から、地域経済と行政区域とは一致しないのが一般的である。
地域経済と行政区域のずれは、市町村スケールよりは都道府県スケールのほうが、都道府県と比べれば地方ブロックでみたほうが、小さくなる。最寄品の商圏は市町村域に一致するとは限らないが、都道府県スケールであれば、通常その範囲に収まることからも明らかであろう。もちろん、九州地方においては西南経済圏(九州・沖縄に山口を含む地域)が経済活動の地理的なまとまりであるなど、スケールを広げた場合でも、歴史的経緯などによって、行政区域と相違することもある。
このようなずれが生まれてくるのは、地域経済が国民経済と比べて、著しく「開放的」性格をもっているからである。労働力・資本など生産要素の国際的な移動は、国によって言語や文化・制度、通貨などが異なるために容易ではない。それに対して一国内部では、こうした制約がないため、生産要素の移動は自由に行われる。こうした経済主体の自由な産業立地が、他方では、一国の内部に経済活動の活発な地域と停滞的な地域との分化(地域間格差)を引き起こす原因ともなる。
国民経済内部における地域間格差の存在は、とりわけ第二次世界大戦後の先進諸国における生産規模の拡大・集中化と、それが主導した人口・産業の地理的遍在化によって強く意識されるようになった。そうした事情もあって、アメリカでは1950年代前半にW・アイサードWalter Isard(1919―2010)らが「地域科学」という新しい学問領域の開拓に乗り出し、H・W・リチャードソンHarry Ward Richardson(1938― )やフランスのF・ペルーFrançois Perroux(1903―1987)らも地域経済学の確立に力を注いだ。これらを通じた地域経済研究の進展につれて、立地論などの蓄積を活かした理論的研究、産業連関論をはじめとする計量経済学的な手法を用いた実証研究、さらには歴史的視点に基づく研究から、地域経済の特質が明らかにされてきた側面もある。
地域経済の重層性、開放性という性格から、個別地域経済の展望にあたっては、それぞれのスケールにおける地域経済間の関係や国民経済における位置づけの把握が重要になる。さらに、グローバル化の進展という現状を考えれば、地域経済と世界経済との結び付きにも、これまで以上に目を向ける必要も高まってきている。
[加藤幸治]
『W・アイサード著、青木外志夫・西岡久雄監訳『地域科学入門』1~3(1980、1985・大明堂)』▽『矢田俊文編著『地域構造の理論』(1990・ミネルヴァ書房)』▽『宮本憲一・横田茂・中村剛治郎編『地域経済学』(1990・有斐閣)』▽『矢田俊文・今村昭夫編著『西南経済圏分析』(1991・ミネルヴァ書房)』▽『中村剛治郎編『基本ケースで学ぶ地域経済学』(2008・有斐閣)』