江戸時代の農政・民政全般について記された著書の総称。江戸時代、「地方(じかた)」の語はもっぱら農村のことをさして使用され、転じて農村における田制、税制など農政・民政全般を意味するようになった。江戸中期、幕府や藩の支配体制が整ってくると、従来の慣例や先例、法令、史実などの整理・編纂(へんさん)事業が進められた。「地方書」の多くは、実際に地方支配を担当した人々や農政学者によって著述されており、そこには地方支配の実態をはじめとし、農民の生活状態、農村の経済状態などが詳しく示されている。このようなことから、「地方書」は勘定(かんじょう)所や代官所の役人、さらには庄屋(しょうや)・名主(なぬし)といった人々に実務遂行上の規範または手引書として利用されるようになったのである。なお、「地方書」は、瀧本(たきもと)誠一編『日本経済大典』、同編『日本経済叢書(そうしょ)』、小野武夫編『近世地方経済史料』に多く収載されている。高崎藩の郡奉行(こおりぶぎょう)大石久敬(ひさたか)が1794年(寛政6)に著した『地方凡例録(はんれいろく)』、田中丘隅(きゅうぐ)が税制・治水・駅制などについて著述した『民間省要(せいよう)』、谷本教(もとのり)の『県令須知(すうち)』、小宮山杢之進(こみやまもくのしん)(昌世(しょうせい))の『正界録』『地方問答書』、小宮山が著して谷本教と大石久敬の2人が増補した『増補田園類説』、武陽隠士泰路なる人物が著した『地方落穂集(おちぼしゅう)』などはそうした例である。前記編纂物には収録されていないが、荒井顕道(あきみち)が後進代官の便に供する目的で編纂した法令集『牧民金鑑(ぼくみんきんかん)』、安藤博が幕府直轄地における地方実務の実態、税制の仕組みなどを解説した『徳川幕府県治要略(けんちようりゃく)』、加藤高文(たかふみ)が著した『地方大概集(たいがいしゅう)』、租税の計算法や簡易測量法などを解説した算法書の一つである秋田義一(よしかず)編(一説に校閲者長谷川寛の著)『算法地方大成』(1837刊)なども代表的な「地方書」といえる。
[飯島千秋]
江戸時代,民政,農政,検地,年貢,助郷(すけごう),普請など地方制度に関する規則・取締・慣例・裁決などを収録し,地方役人あるいは村役人などによる農民支配のための規範書,総合手引書という性格をもつ文献。地方書は関東郡代伊奈氏に代表されるように,世襲地方役人の家筋が代々の地方支配の記録を家伝書として残したものを初見とする。しかし幕府の享保改革や諸藩の藩政改革においては地方支配機構の整備が急務とされ,幕府の下級地方役人や諸藩の郡(こおり)奉行など地方に精通したいわゆる地方巧者(じかたこうしや)によって地方書が編纂され,地方制度の解説書として木版本の刊行あるいは写本として広く普及するようになる。地方書のおもなものには《民間省要》《増補田園類説》《地方凡例録》《地方落穂集》《農政座右》《勧農或問(わくもん)》などがあり,検地,普請などの計算方法を記述した《算法地方指南》《算法地方大成》などの地方算法書もある。
執筆者:佐藤 常雄
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