ある年度の財政支出をその年度の経常的収入(租税・印紙収入,各種納付金,手数料など)と等しくする財政運営,ないしそうした財政状態をいう。年度内の資金繰りのために短期証券を発行することは認められるが,歳入の手段として長期債を発行することは認められない。〈赤字財政〉に対する概念であるが,〈赤字財政〉同様この用語も予算制度上の正式用語ではない。日本の予算制度では,長期債の収入は,経常的収入と同じく歳入の一形態とみなされており,これをも含めた歳入総額と歳出予算の総額とは必ず一致すべきこととされている。
日本の財政は,第2次大戦中およびその直後の数年度にわたり,歳入の多くを公債に依存した。しかし1949年度の〈ドッジ・ライン〉により,国の一般会計予算のみならず,特別会計予算や政府関係機関予算をも含めて,均衡財政への転換がはかられた。53年度からは国鉄,電電公社が長期債による資金調達を開始したが,一般会計予算はその後も64年度までは均衡財政の原則を堅持した。ただし,ここでの〈均衡財政〉とは,予算における制約であり,決算における経常収入と歳出との均衡を意味するものではない。したがって,税収が予算の見積りを超えれば,決算では剰余金が発生する。事実,1955-64年度の10年間においては,ほぼ毎年度このような事態が発生した。とりわけ1961年度には,当初予算の13%にものぼる剰余金が発生した。すなわち,この10年間の財政運営は,均衡財政というより黒字財政であったというほうが正確である。
財政運営にあたっては,均衡財政を原則とし,赤字財政を長期間継続すべきではないとする主張がある(均衡財政主義)。これは,財源調達を公債に依存すると財政支出が膨張しがちであるのに対し,均衡財政を原則とすれば,それに歯止めがかけられ,財政節度が維持できるとする考えに基づくものであろう。確かに,歴史的にみると,公債発行による放漫財政の反省として,均衡予算が主張されてきたことが多い。しかし,経済変動に敏感に反応する税構造をもつ現代の財政で,上のような主張にどの程度の妥当性があるかは疑問である。たとえば,好況期が継続して税の自然増収が長期間続けば,通常は黒字を蓄積するより新規施策の導入がはかられるだろう。現代の財政では,歳出面では社会保障費のような義務的経費が多いから,いったん新規施策が導入されると,税収が減少しても支出は削減できないことが多い。こうして,好況期の均衡財政は,後年度の赤字財政をもたらすことになる。なお,均衡財政が有効需要に与える影響は,財政支出増加の効果に同額の増税の効果を加えたものとなる。したがって,ちょうど財政支出と同額の需要増大効果をもつと考えられる。これは,しばしば〈均衡予算定理〉と呼ばれる。
→財政 →予算
執筆者:野口 悠紀雄
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中央政府や地方政府の予算において、経常収入(租税、印紙収入など)が経常支出(最終消費支出、移転支出など)と、換言すれば政府貯蓄が政府投資と、相等しい状態をいう。
資本主義経済の初期においては市場機構が円滑に作用し、価格の自動調整機能により完全雇用の維持・達成ができ、政府の介入をとくに必要としなかった。このような状況下では、財政の役割は資源の効率的配分と所得の再分配に限定され、積極的に黒字ないし赤字財政で経済の安定を図る必要はなく、逆に予算は収支均衡すべきであると考えられた。これが古典派的「均衡予算の原則」である。均衡予算を維持する限り、租税の徴収額がコストになり、非効率な資源移転を阻止する制約となる。この均衡予算の原則が崩れると、浪費的な経費の増大、公債の累積に基づく後世負担の発生、財政の硬直化、インフレーションおよびクラウディング・アウト(民間資金需要の締め出し)の懸念という弊害が発生することになる。
ところが資本主義経済が発達して、価格や賃金に硬直性が発生し市場機構が有効に働かなくなると、完全雇用均衡は自動的には達成できなくなった。そこで均衡予算の原則にかわり、景気の状態に応じて積極的に赤字・黒字予算を採用するケインズ的「裁量的財政政策」が支持されるようになった。
しかし財政を安定政策に用いる場合、経済的有効性に関してだけでなく、それが民主主義的議会制度の下で行われると、財政赤字、インフレーション、政府部門の膨張につながるという再批判がある。つまり、人々は赤字予算によって直接的に利益を得る一方、政治家は代表議会制度の下で投票の最大化を求めて行動するため黒字予算を拒み、結局国全体としては赤字予算に偏った財政運営とならざるをえない。また赤字予算は人々に財政錯覚をもたらし、公共財の価格を低下させ、政府部門を拡大させる傾向がある。その結果、最近では「均衡予算の原則」がふたたび見直されつつある。
[藤野次雄]
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