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堀川学派 ほりかわがくは

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

堀川学派
ほりかわがくは

江戸時代の儒学の一派。古義学派ともいう。朱子学派や,陽明学派に対して,孔子,孟子の原点に帰ることを主張した古学派の伊藤仁斎が唱え,彼の私塾古義堂が京都堀川の東岸にあったことによる。門弟 3000人といわれ,公卿,諸侯から庶民にいたるまで全国から集った。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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大辞林 第三版の解説

ほりかわがくは【堀川学派】

〔伊藤仁斎の邸が京都堀川の東にあったのでいう〕
古義学派の別名。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

堀川学派
ほりかわがくは

伊藤仁斎(じんさい)が1662年(寛文2)京都堀川通丸太(まるた)町南の自宅に塾(古義堂(こぎどう))を開いて古義学を唱導したので、仁斎の学統を堀川学派または古義学派という。堀川を隔てた山崎闇斎(あんさい)塾の厳しい学風に対し、友人が親しみ合う穏和な雰囲気のなかで研究会や、論孟(もう)中庸を中心とする仁斎の講義が40年にわたって行われた。闇斎塾の出版物の朱色の表紙に対し仁斎塾は藍(あい)色の表紙を用いて学派意識を表した。この門からは並河天民(なみかわてんみん)、小川立所(りっしょ)・弘斎(こうさい)兄弟らが出たが、学・塾は仁斎の長子東涯(とうがい)によって紹述、継承された。那波魯堂(なわろどう)の『学問源流』は「元禄(げんろく)の中比(なかごろ)より宝永(ほうえい)を経て正徳(しょうとく)の末に至るまで其(そ)の学盛(さかん)に行はれ、世界を以(もっ)て是(これ)を計(はか)らば十分の七と云(い)ふ程に行はる」という。その後、堀川塾はさびれながらも京都市民の儒学塾として子孫相承して明治の末年まで講義を行い、歴代の稿本類を所蔵してきたが、現在、稿本類は天理大学附属図書館古義堂文庫に移され、塾の遺構は国指定の史跡として保存されている。[石田一良]

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