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壱岐水道 いきすいどう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

壱岐水道
いきすいどう

別称壱岐海峡長崎県壱岐島と佐賀県東松浦半島との間,玄界灘の西方にある海峡。幅約 30km。水深 50m前後。古くから西九州と大阪方面,朝鮮半島と九州を結ぶ海上交通の重要な水道。佐賀県呼子と壱岐島石田町印通寺浦を結ぶ最短距離にフェリーが就航している。水道の東西出入口の烏帽子 (えぼし) 島と二神 (ふたがみ) 島に灯台がある。

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デジタル大辞泉の解説

いき‐すいどう〔‐スイダウ〕【壱岐水道】

長崎県壱岐島と佐賀県東松浦半島との間の海峡。古来、朝鮮・中国方面への交通の要地壱岐海峡。

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百科事典マイペディアの解説

壱岐水道【いきすいどう】

長崎県の壱岐と,佐賀県の東松浦半島に挟まれた海域。壱岐海峡とも呼ばれる。東シナ海と玄界灘の間に位置し,古くから大陸との重要な交易路である。沿岸一帯は壱岐対馬国定公園玄海国定公園に指定されている。

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世界大百科事典 第2版の解説

いきすいどう【壱岐水道】

長崎県壱岐と佐賀県東松浦半島に挟まれた海域。壱岐海峡ともいう。その距離は最狭部で約20km。東シナ海と玄界灘を結ぶ要路で,13世紀後半には元の大軍がこの水道を通過した。また九州と朝鮮半島を結ぶ最短経路にあたり,大陸文化導入の重要な交通路で,16世紀末豊臣秀吉が朝鮮に出兵した折には,東松浦半島北端の名護屋(なごや)に本陣が置かれた。名護屋城跡から壱岐を望むとき,手前に馬渡(まだら)島,加唐(かから)島,小川島加部島など玄武岩からなる台地状の島々が浮かび,一帯は玄海国定公園に指定されている。

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大辞林 第三版の解説

いきすいどう【壱岐水道】

壱岐島と佐賀県東松浦半島の間の海峡。古来、対馬つしまを経て朝鮮に至る要路。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔長崎県〕壱岐水道(いきすいどう)


九州北西岸東松浦(ひがしまつうら)半島と壱岐島の間の海峡。中央部の幅約13km。水深は50m内外。東口の烏帽子(えぼし)島、西口の二神(ふたがみ)島のほか大小の岩礁が点在し、可航幅は狭い。古来、チョソン半島(朝鮮(ちょうせん)半島)と九州北岸を結ぶ重要な航路で、現在は九州北岸沿いに航行する大型船の常用航路。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

壱岐水道
いきすいどう

佐賀県北西部の東松浦(まつうら)半島と、その北方、長崎県壱岐島との間に広がる水域。その間の距離は20キロメートル余。東松浦半島北端の名護屋(なごや)城跡に立つと、遠くに壱岐島が、手前には、馬渡(まだら)島、加唐(かから)島、小川島、加部(かべ)島など玄武岩をのせた台状の島々が望まれる。九州から壱岐、対馬(つしま)を経て朝鮮半島に至る最短コース上にあり、さらに東シナ海方面から北九州の玄界灘(げんかいなだ)に至る要路にあるため、古来朝鮮、大陸方面との交通の要衝をなした。加部島の田島神社や、松浦佐用姫(まつらさよひめ)伝説、元寇(げんこう)や松浦党水軍などそれを物語るものが多く、豊臣秀吉(とよとみひでよし)もまた朝鮮渡海の最前線基地を名護屋に設けた。小川島は近世、玄界捕鯨の基地として知られたが、今日は各水域でイカ、タイ、イワシ、ハマチ、ウニ、アワビ、真珠などの水揚げをみる。唐津東港から壱岐の印通寺(いんどうじ)港(壱岐市石田町)までフェリーボートが通い、水道の東西出入口の烏帽子(えぼし)島と、二神(ふたがみ)島には灯台がある。[川崎 茂]

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