夏ばて(読み)ナツバテ

デジタル大辞泉 「夏ばて」の意味・読み・例文・類語

なつ‐ばて【夏ばて】

[名](スル)夏の暑さで疲れ、動作思考力が鈍くなること。夏負け。「夏ばてして寝込む」

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精選版 日本国語大辞典 「夏ばて」の意味・読み・例文・類語

なつ‐ばて【夏ばて】

〘名〙 夏の暑さにぐったりと疲労すること。夏負け。
東京の孤独(1959)〈井上友一郎〉風の行方「梅雨に入って、さらに夏バテと来た日には」

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改訂新版 世界大百科事典 「夏ばて」の意味・わかりやすい解説

夏ばて (なつばて)

普通には,夏,暑さそのものによってひき起こされる食欲不振,体のだるさ,疲れやすさなどの体の変調をさすが,この盛夏の夏ばてのほかに,もう一つ別の夏ばてがある。それは,夏も過ぎ涼風も立つというころに,夏の疲れが一時に現れて,体の調子に狂いが生ずる夏ばてである。

夏の暑さには,じりじり焼けつけるような暑さと蒸し蒸しする暑さの二つがあるが,いずれにしても高温にさらされると皮膚血管は拡張して,体からの熱の放散が行われ,やがて発汗が始まる。気温30℃前後では,じっとしていてもがにじんでくるようになる。この汗の蒸発によって体内で生産された熱の約64%は放散されるようになる。蒸し暑くて,蒸発による熱放散がおさえられ,体表面からの熱放散が十分でないと,直腸温が急速に上昇してくる。次いで,めまい,興奮状態,吐き気頭痛動悸などの症状が現れ,やがて言語不明りょう,呼吸困難の様相を呈し,鈍麻状態となる。これは急激な暑さによる急性的な反応である。しかしそれほど急激な暑さによらなくても,暑さがあまり長く続くと,体調が乱れ,甲状腺の機能も減退してくる。また暑さにより,一種の脱水状態におちいると,血液中の糖が多くなり,血糖値が大きくなってくる。また動物実験によれば,長期間の高温環境下ではタンパク質アミノ酸の代謝に一定の変化が現れることが知られているが,これはヒトでも起こりうることであろう。高温下に長時間さらされたときの体内の変動は,なんといっても塩分と水とのバランスに強く現れる。塩分と水の代謝には,内分泌機能が大きく関係しているので,暑さが内分泌系への変動をもたらすことが考えられる。こうした,一連の変動が生体全体に作用して,暑さの最中に夏ばて現象が現れるわけである。

 では,この夏ばてを防ぐにはどうしたらよいであろうか。もちろん暑さそのものを遮断するようにすることは,夏ばてを防ぐ基本的な手だてであるかも知れない。しかし,社会生活を送っている以上,それを完全に行うことは不可能だし,また,そうすることが果たして健康によいことかどうかもたいへん疑問である。というのは,暑さを克服し,暑さに対する順応力をつけることは,健康を増進していくうえで重要な要件だからである。

 暑さを防ぐうえで冷房は効果的であるが,いわゆる冷房病を起こさぬように,外気温との差は5℃以内におさえておく必要がある。長期間入院している病人にとっては,冷房が適正に行われた病院で療養を受けることは,治療効果を上げるうえで必要なことである。健康人は社会生活上,冷房の完備された室内気候下にのみ生活しているわけにはいかないが,入院患者はそれが可能であり,かつ弱った体にとっては,夏の暑さは体の順応力の限度を超えたものになっているからである。

 なお,夏ばてになると食欲がおちるから,栄養には十分に注意する必要がある。夏に,冷や麦やそうめんばかり食べていては栄養不足におちいり,夏ばてがますますひどくなる。タンパク質と脂肪に富むものを食事としてとり,新鮮な果物をとるようにすることが望ましい。また夏は夜が短く寝苦しいけれども,くふうして睡眠を十分とるようにするのも夏ばてを防ぐ一方法である。

もう一つは,秋の長雨もやってこようというようなときに現れる。これは,真夏時期の夏ばてとは違って,体の全般的な不良徴候である。真夏の激しい暑さにやっと耐えてきた体が,秋の肌寒さにあって,急に体の不調が現れる現象である。漢方でも,秋の涼風が立つ候には〈夏の伏気〉が現れやすいということを注意している。漢方では雨,風,寒,暑,湿,燥のことを六気と呼んでいる。これらが正常でなくなり,身を損なう場合には,これらが六淫として体に悪影響を及ぼすと考えている。六淫が体に潜伏して,一定の時期を経て体に現れることを伏気と呼んでいる。第2の夏ばてとは,この伏気のことである。初秋に,この種の夏ばてが起こるのは,主として夏の間の休養不足によることが多い。

健康を維持していくうえで,栄養のバランスのとれた食事をゆっくりと,はればれとした気分のもとに食べること,体を外気の中で鍛えること,それに労働と休養とが正しく配分されていることといった三つの原則を守ることが必要であるとされている。この原則にもあるように,労働したあとには休養をとらなければならない。1日のうちに8時間の休息,1週間では週休2日,1年では3週間の年休,10年では約1ヵ年のサバティカル・イヤーsabbatical yearとしての休養が本来必要である。西欧では夏のバカンスとして,年休3週間以上は定着し,サバティカル・イヤーも一部では行われはじめている。日本ではサバティカル・イヤーはもちろんのこと,3週間の年休すらそれをとることがむずかしい現状であるが,人間の健康維持にとっては,少なくともこの程度の休息は必要である。

 夏における休息不足に由来する初秋の夏ばての回復法は,まず第一に不足している休息を急いでとることである。秋の長雨のころは,どこの観光地もすいているので,このようなときに数日間,夏のバカンスのとりなおしをすることは,この種の夏ばて解消にとって大きな救いとなろう。

 なお初秋の夏ばては一般的には,いわゆる伏気といった非特異的な疾病であるけれども,それだけに限らず,倦怠感や膨満感,食欲不振,腹痛といった漠然とした胃腸障害を主訴とする肝硬変の初期の場合があるので注意しなければいけない。肝炎の場合のようにはっきりとした症状の場合もある。したがって単なる疲労だろうくらいに自己診断しないで専門の医師に診てもらう必要がある。
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