貧困や家庭の事情などで義務教育を修了できなかった人が仕事帰りに学ぶ場として、敗戦後の混乱期に誕生した。全国夜間中学校研究会によると、1950年代半ばには公立89校に達したが、高度経済成長で社会が豊かになり、60年代後半には20校に減少した。近年、不登校の児童生徒や外国人労働者が増加し、需要が再び高まっている。今年4月時点で公立は53校に増加。同研究会によると、民間団体が設置した「自主夜間中学」も40校超あるとみられる。
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なんらかの理由(学齢期間中の不就学や長期欠席、新学制実施以前に学齢を超えていたなど)で中学校を修了しなかった者に対し、夜間に学級を開設して、彼らに中学校の課程を修了させることを目的とする学校。文部科学省は、文部省時代から、義務教育としての中学校は昼間就学の原則にたち、夜間中学の存在は保護者の就学義務不履行を助長しかねないなどの理由により公認していない。したがって、夜間中学は制度化された学校ではなく、事実上存在する学校である(卒業資格は与えている)。
新学制の発足、したがって3年分延長された義務教育を担う新制中学校が発足した1947年(昭和22)からしばらくの間、日本国民の物質的生活はきわめて悲惨なものであった。中学校自体が独立の校舎や教師を確保できない場合もあり、貧困家庭の子弟は、生活のために不就学や長期欠席を余儀なくされた。最初の夜間中学は、そのような生徒にこそ中学校教育を与えたいとする神戸市立駒ヶ林中学校の教師の教育的情熱から生まれた(1949年2月、同校「長期欠席・不就学児童生徒救済学級」として設立)。また東京では1951年、足立(あだち)区立第四中学校に開設された。これを認めた東京都教育委員会に対して、当時の文部省は夜間中学について、(1)学校教育法で認められていない、(2)労働基準法違反に通じる、(3)国・地方公共団体および保護者の学齢生徒を就学させる義務の不履行を助長する、(4)生徒の健康を損なう、(5)中学校の各教科にわたって満足な教育ができない、との理由から反対意見を表明したが、夜間中学設置の動きは各地に広まり、ピークの1955年には81校、生徒数4900人に達した。その後国民生活の改善に伴い減少したが、1966年の行政管理庁(1984年より総務庁、2001年より総務省)の夜間中学校早期廃止勧告を契機に、逆に国民の学習権を守る運動として隆盛に向かい、その後は高齢者や不完全就学者の中学校教育を受ける権利の未行使分を補償する機能(不登校生の受け入れなど)を果たしている(2021年4月時点で12都府県30市区36校に1393人が在籍)。また、日本に帰国した海外残留孤児や在日外国人などに対する日本語教育を施す夜間中学も開設されている。これらの教育ニーズにこたえる制度がほかにない限り、夜間中学という事実上の存在は抹消されるべきことではなく、奨励されるべきことであろう。
[桑原敏明 2018年5月21日]
なお、教育機会確保法(平成28年法律第105号)が2017年(平成29)2月に全面施行され、文部科学省は、少なくとも各都道府県に1校は夜間中学が設置されるよう、支援を行うとしている。
[編集部 2018年5月21日]
『尾形利雄・長田三男著『夜間中学・定時制高校の研究』(1967・校倉書房)』▽『山本実著『夜間中学――義務制公教育の空洞化現象』(1969・明治図書出版)』▽『松崎運之助著『夜間中学――その歴史と現在』(1979・白石書店)』▽『松崎運之助著『夜間中学があります!――人は何のために学ぶのか 学校讃歌ブックレット』(2002・かもがわ出版)』▽『三上敦史著『近代日本の夜間中学』(2005・北海道大学図書刊行会)』▽『全国夜間中学校研究会第51回大会実行委員会編『夜間中学生――133人からのメッセージ』(2005・東方出版)』
1947年に発足した新制中学校に設置されている夜間学級の通称。公的には〈中学校夜間学級〉あるいは〈中学校2部〉と呼ばれる。第2次大戦後の経済的混乱のなかで中学校への不就学者や長期欠席者が続出したため,現場教師の対応策として夜間の補習授業学級が開設された(最初の夜間中学は大阪市生野第2中学校の夕間学級)。これに対して文部省は,義務教育昼間就学の原則を破り,保護者の就学義務不履行を助長するなどの理由をあげて消極的な態度をとってきた。しかし50年に夜間中学校は29校(在籍者数924人),55年には81校(4900人)に達した。その後経済の好転と,行政管理庁の夜間中学廃止の勧告(1966)などによって激減し,68年には21校(416人)と衰退した。しかし,高野雅夫(夜中卒業生)の全国行脚をきっかけに,70年代に入ってから公立夜間中学増設運動が起き,東京,大阪,奈良などに20校ちかく開設された。1995年現在,8都府県に34校,3073名の生徒を数える。このような運動に押されて,文部省も夜間中学を公認した(学校教育法施行令25条5項)。また,生徒の構成も大きく変わった。学齢生徒に代わって成人が多数を占め,その識字学習の場に移った。大阪や奈良では在日朝鮮人のハルモニ(〈おばあさん〉の意)が過半数に達している。80年代に入ると,中国引揚者やインドシナ難民,来住外国人の日本語学習の役を担い,80年代後半からは不登校の中学生が姿を見せるようになった。公立に加えて,自主夜間中学が19校あり,ボランティアに支えられている。いずれも学校の外に置かれた人々を救済する教育の場であることは変わらない。
執筆者:小沢 有作
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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