大学事典 「大学図書館」の解説
大学図書館
だいがくとしょかん
university library
[歴史―西洋・日本]
大学図書館の起源は,西洋では中世の大学に端を発し,13世紀から14世紀にかけてその萌芽がみられる。西洋の中世社会で最大の蔵書を誇ったのは修道院図書館であるが,その蔵書の寄贈を受けた例として知られるのは,サラマンカ大学(スペイン)である。ほとんどの修道院図書館では,世俗世界に対しては大学に限らず,貸出しをするのみであった。パリ大学(フランス)のソルボンヌカレッジ(パリ大学)は1250年頃に設立され,この頃図書室も設けられたが,正式にカレッジの組織として認められたのは1289年である。カレッジ創立の発端は,世俗教師であったソルボンが神学部の貧しい学生のために図書室のある施設,学寮を設けたことにある。蔵書は寄贈に頼っていた。14世紀になると,オックスフォード大学(イギリス)で,司教トーマス・コバム,T.が学生に公開することを目的に,1320年から建造された総会議場の2階に蔵書を収めた。このコバムの願望は実現しなかったが,図書室設立の発端は,学生のための寄贈図書に始まるとみることができる。
大学図書館として独立した建物が多く建てられるようになったのは,15世紀半ばである。当時の書物は1軒の家屋か農園に匹敵する価値があったため,大学図書館では写本および参考図書類は鎖でとめられていた。鎖付きの図書はオックスフォード大学のクイーンズ・カレッジなど,いくつかのカレッジ図書館で具体例がみられ,18世紀末まで続いた。
日本では,1867年(慶応3)に慶應義塾が芝に移転した際,講堂に図書を備えつけたのが図書館の萌芽とみられる。1870年(明治3)には,東京大学(図書館)の母体である大学南校に書籍局が,東校に転籍局が設けられ,大学図書館の種が蒔かれた。1873年には,後に帝国大学に合併された(1886年)工部大学校にも「書房」が設けられ,ともに大学図書館の起源となった。現在,大学図書館に関わる単独の法律はないが,大学設置基準(昭和31年10月22日文部省令第28号)36条は,大学はその組織および規模に応じて専用の施設を備えた校舎を有するものとしており,図書館などがあげられている。教育と研究・調査を支える一機関としての図書館は,設置母体である大学の種類や規模に応じて,その構成員に資料・情報を提供する責務を担っており,近年は卒業生のほか,大学が所在する地域へのサービスも求められている。
[現状・サービス]
1947年(昭和22)に新制大学が発足し,戦災を被った大学なども含め,多くの大学が図書館を新築,改築した。全館開架の採用は,1960年開館の国際基督教大学が嚆矢であった。今日では多くの大学図書館で,書庫入庫も含め,学生に開放されている。館外貸出しに関して,第2次世界大戦前の日本では,一部の私立大学を除き,学部学生に対して,休暇中の例外的措置以外は公式には認められていなかった。他方,西洋ではゲッティンゲン大学の図書館にみられるように,18世紀半ばには複雑な手続きを廃して,学生に10冊以上の館外貸出しを認めていた。日本でも1970年代前後の学生運動における学生の要求もあり,対学生サービスに改善の兆しがみられた。
昨今は,少子化の影響もあり,受験生に魅力ある学習施設のひとつとして図書館が注目を浴びている。ビブリオ・バトルなど学生をとりこんだイベント開催の実施あるいはSNSを活用した図書館からの情報伝達のほか,双方向のコミュニケーションを生かし,利用者の声に対応,サービス改善とともに広報活動にも努めている。蔵書量の増加やIT化への対応のため,いくつかの大学では図書館の新築,増築,改築を進めているが,その際,工夫がこらされているスペースのひとつが「ラーニング・コモンズ」である。学生がともに学ぶ共有スペースとして無線LANやタッチディスプレイなどが設置されており,ノートPCの利用も可能で,共同で学習するのに快適な空間となっている。長崎大学の図書館公開は半世紀近くに及ぶが,昨今は多くの大学図書館で公開を進めている。背景には,私学も含め国民への資源の還元が求められ,資料の公開など,資源の共有化が期待されている状況がある。医学系の単科大学や総合大学では,研究機関である医学情報センターを,地域の健康医療情報センターとして市民に公開している例もある。人文社会科学系や理学系の図書館にも,地域住民などに全面公開,ないし公共図書館を通じた利用提供を図っているものがある。貴重資料の公開も,明治大学のように図書館に展示ギャラリーを有する大学では,ほぼ年間を通じて展示,一般公開しており,ほかにも春秋など期間を限定して展示,公開している大学がある。
開館日数や時間の延長に関しては,教育・研究調査のために24時間開館している図書館もあり,自然科学系のみに限らず,人文社会系でも開館時間の延長が望まれ,夜間開館を実施する大学が増えている。資料のデジタル化により,いつでも利用できるバーチャルサービスに期待がかかるが,同時にコミュニケーションの広場としての図書館の重要性が高まっている。研究成果の共有のため,国の内外で機関リポジトリが設置されており,大学内における研究成果の保存機関としての図書館が,そのとりまとめ役を果たしている。不況と少子化による図書館予算の削減は,資料費面では図書や雑誌の購入のほか,個人には高額の有料データベースへの契約にもマイナス影響を及ぼし,人件費の削減は正規の専門職員によるサービスの低下につながる。教育と研究水準の確保の観点からも,国全体で取り組む必要のある課題が山積している。
著者: 阪田蓉子
参考文献: へースティングズ・ラシュドール著,横尾壮英訳『大学の起源―ヨーロッパ中世大学史』3冊,東洋館出版社,1968-70.
参考文献: ジャック・ヴェルジェ著,大高順雄訳『中世の大学』みすず書房,1979.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報