コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

大弐三位 ダイニノサンミ

6件 の用語解説(大弐三位の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

だいに‐の‐さんみ〔‐サンヰ〕【大弐三位】

平安中期の女流歌人。藤原宣孝の娘で、母は紫式部。名は賢子。大宰大弐(だざいのだいに)高階成章(たかしなのなりあきら)の妻。家集に「大弐三位集」がある。生没年未詳。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大弐三位 だいにのさんみ

1000?-1082? 平安時代中期の歌人。
長保2年?生まれ。藤原宣孝・紫式部の娘。上東門院につかえ,藤原兼隆と結婚。万寿2年に親仁親王(後冷泉(ごれいぜい)天皇)の乳母となる。のち高階成章(たかしなの-なりあき)と再婚,従三位・典侍にすすむ。歌は「後拾遺和歌集」以下の勅撰(ちょくせん)集に39首みえる。永保2年?死去。83歳?名は賢子。通称は別に越後弁,藤三位。家集に「大弐三位集」。
【格言など】有馬山猪名(ぬな)の笹原風吹けばいでそよ人を忘れやはする(「小倉百人一首」)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

大弐三位

没年:永保2頃(1082)
生年:長保2頃(1000)
平安時代の歌人。越後弁,弁乳母,典侍,藤三位などと呼ばれた。藤原宣孝と紫式部の子。母と同じく上東門院彰子に出仕し,親仁親王(後冷泉天皇)の乳母となる。長元5(1032)年上東門院菊合,長暦1(1038)年源大納言家歌合,永承4(1049)年内裏歌合,翌5年祐子内親王歌合などに出詠。詠歌には公式的・観念的なものが多い。藤原兼隆と,のちには高階成章と結婚しており,また幾人かの恋人があるなど,浮いた話もなく何ごとにも慎重で感情を表に出さない紫式部とは対照的で,情熱的で開放的なところがあった。天喜2(1054)年従三位に叙位される。和泉式部とも歌の贈答がある。

(松田豊子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

だいにのさんみ【大弐三位】

999(長保1)‐?
平安中期の女流歌人。父は山城守藤原宣孝,母は紫式部。本名賢子。一条帝の中宮彰子(上東門院)に仕え,初め藤原兼隆妻,のちに大弐高階成章妻。のちの後冷泉帝の乳母となり,殊遇をうけて従三位典侍となる。越後の弁,弁の乳母,藤三位などとも呼ぶ。家集《大弐三位集》(63首)があり,勅撰集に37首入集。穏健な歌風で,人柄も明朗温和,晩年は平和な結婚生活の中に,80余歳の長寿を保った。《小倉百人一首》に〈有馬山猪名(いな)の笹原風ふけばいでそよ人を忘れやはする〉(《後拾遺集》)がとられている。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

だいにのさんみ【大弐三位】

平安中期の女流歌人。本名、賢子。藤原宣孝女。母は紫式部。大宰大弐高階成章の妻。上東門院に仕え、越後弁と称される。後冷泉天皇の乳母で、天皇即位後は従三位典侍となる。勅撰集に三七首入集。家集「大弐三位集」。生没年未詳。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大弐三位
だいにのさんみ

生没年不詳。平安中期の女流歌人。藤原宣孝(のぶたか)の娘で、母は紫式部。本名は賢子。越後弁(えちごのべん)、藤三位(とうさんみ)ともよばれた。上東門院彰子(じょうとうもんいんしょうし)に仕え、藤原頼宗(よりむね)・同定頼(さだより)らとの恋愛を経て藤原兼隆(かねたか)と結婚、後冷泉(ごれいぜい)天皇の乳母(うば)となったが、のち東宮権大進高階成章(とうぐうのごんのだいしんたかしなのなりあき)に嫁し、天皇の即位とともに従三位典侍(じゅさんみてんじ)に昇った。1049年(永承4)「内裏歌合(だいりうたあわせ)」、1050年「祐子内親王家(ゆうしないしんのうけ)歌合」などに出詠、家集に『大弐三位集』がある。穏健典雅な歌風で、「有馬(ありま)山猪名(ゐな)の笹原(ささはら)風吹けばいでそよ人を忘れやはする」(『後拾遺(ごしゅうい)集』恋二、小倉(おぐら)百人一首)などが有名である。[犬養 廉]
『南波浩校注『紫式部集 付大弐三位集・藤原惟規集』(岩波文庫) ▽角田文衛著『紫式部の身辺』(1965・古代学協会)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の大弐三位の言及

【藤原宣孝】より

…この年4月平野臨時祭の勅使となり,7月相撲召合にも武官として列席,10月殿上音楽にも出仕している。紫式部との間には賢子(弁乳母,大弐三位ともよばれる)が生まれた。1001年4月25日に流行の疫病にかかって没した。…

※「大弐三位」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大弐三位の関連キーワード柳原安子小式部扶桑集狭野弟上娘子三才女長徳長保五歌仙筑波子神奴貞述

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

大弐三位の関連情報