大乗仏教のもっとも中心となる書物。2~3世紀インドの大学者の龍樹(りゅうじゅ)(ナーガールジュナ)の著した約445の詩(偈頌(げじゅ)といい、全体は27章からなる)であるが、後世付加された注釈のなかに含まれ、偈頌だけの原本は未発見。原名をムーラマドヤマカ・カーリカーMūlamadhyamaka-kārikāまたはマードヤミカ・シャーストラMādhyamika-śāstraという。初期大乗仏教を基礎づけた書物で、それ以降の大乗仏教はすべてその思想を受け継ぎ、そのため龍樹は八宗(仏教の全宗派)の祖と称せられる。その中心思想を一言でいえば、縁起(えんぎ)―無自性(むじしょう)―空(くう)で表される。八つの否定(八不(はっぷ))をもって始まり、なんであれ、独立の実体ないし本質、すなわち自性、および自性をたてようとする考えを、独自の相依(そうえ)による縁起説によって完全に否定し、それを深く体得したところを空とし、さらに中道(ちゅうどう)とも説く。仏教の諸テーマはもとより、広く言語・真理・存在・運動・時間・関係性その他にきわめて深い洞察があり、いまは宗教哲学の最高書とされ、また仏教思想を理解するためにかならず読まれる。青目(しょうもく)・仏護(ぶつご)・清弁(しょうべん)・安慧(あんね)・月称(げっしょう)などの諸注釈が、サンスクリット本、チベット訳本、漢訳本として計7種あり、中国、日本では青目釈・鳩摩羅什(くまらじゅう)訳の四巻本がもっぱら読まれた。
[三枝充悳]
『三枝充悳著『中論偈頌総覧』(1985・第三文明社)』▽『三枝充悳著『中論 縁起・空・中の思想』全3巻(1984・第三文明社・レグルス文庫)』▽『中村元著『ナーガールジュナ』(1980・講談社)』
インド大乗仏教の論書。竜樹(ナーガールジュナ)著。サンスクリット原典,チベット語訳,漢訳(クマーラジーバ訳)が現存。インドの中観派,中国の三論宗の中心典籍。簡潔な偈文からなり,27章に分けられている。その思想は,《般若経》の空観の思想をうけ,論理的・哲学的に整理したもので,部派仏教やインド哲学の諸派の思想が,いずれもそれぞれの原理を固定化・実体化すると矛盾に陥ることを示して帰謬法によって論破し,無自性,縁起,空の立場を表明している。そのうえで,世俗諦(せぞくたい)(世俗の立場からの真理),第一義諦(究極的な真理)の二つの立場から真理は表明されるとする。注釈として,青目(しようもく)(ピンガラPiñgala)のもの(漢訳現存)や月称(チャンドラキールティCandrakīrti)の《プラサンナパダーPrasannapadā》(サンスクリット原典現存)などがある。
執筆者:末木 文美士
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…その訳業は,35部294巻ともいわれ,流麗達意の訳文は中国人に親しまれた。その中には,般若,法華,維摩などの経典,竜樹の《中論》など三論,《成実論》があり,弟子の僧肇(そうじよう),道生(どうしよう),僧叡(そうえい),僧導らを通じて,三論宗,成実宗が成立する基礎が築かれた。【松本 史朗】。…
…著作には《四百論》《百論》《百字論》があるが,《智心髄集》という仏教綱要書は提婆に帰せられるものの,後代の作である。なお《百論》は《中論》《十二門論》とともに三論宗で重視されたため,古来,中国,日本でよく学ばれた。【松本 史朗】。…
…これを評価して,中国や日本では〈八宗の祖師〉と仰がれている。彼は,その主著《中論》(正確には《中頌》)において説一切有部(せついつさいうぶ)を代表とするいっさいの実在論を否定し,すべてのものは真実には存在せず,単に言葉によって設定されたのみのものであると説いている。この主張を受け継いで成立したのが中観派である。…
※「中論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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