大気拡散(読み)たいきかくさん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「大気拡散」の意味・わかりやすい解説

大気拡散
たいきかくさん

大気中で、煙、水蒸気、熱、運動量など物質や物理量が拡散することをいう。大気の流れは一般に乱流と考えられるので、乱れによる拡散が卓越する。これに比べ、分子拡散は非常に小さく、無視することができる。拡散の速さを規定する量を拡散係数というが、気象学では一般に渦拡散係数(うずかくさんけいすう)を用いる。これは、乱流拡散において、物質や物理量が単位面積を通して拡散する割合が、その面に直角な方向のこれらの量の勾配(こうばい)に比例するとした場合の比例定数をさす。一般に渦拡散係数は、拡散する物質や物理量によって異なる。渦拡散係数は大気の安定度に左右され、地面付近では高さに比例して増大するが、ある高さになると変化しなくなる。大気中の拡散はほとんど風の状態によって決まるが、風自身は地形や大気の安定度、気圧配置などによって支配される。

 大気拡散では関係する要素が多様で複雑であるため、拡散の推定を数学的に解いて求めることが非常に困難なので、風洞実験や数値実験などが利用され、また統計的な手法も援用されている。しかし、大気拡散の推定には基本的に狭領域の気圧配置の予測と風の鉛直分布の精密な解析が必要である。風の鉛直分布については気象庁が2001年(平成13)からウィンドプロファイラ上空電波を発射して高度約5キロメートルまでの風向・風速の鉛直分布を連続的に観測する全天候型の風観測レーダー)を全国展開したので、このデータが大気拡散の推定にも大きく貢献することが期待される。また、数値予報では2001年から新しいモデルとしてウィンドプロファイラなどのデータも利用したメソ数値予報モデルを加えた運用を開始したので、これが大気拡散の推定に効果的に活用されることも期待される。

[股野宏志]

『森口実・千秋鋭夫・小川弘著『環境汚染と気象――大気環境アセスメントの技術』(1990・朝倉書店)』『横山長之編『大気環境シミュレーション――大気の流れと拡散』(1992・白亜書房)』『F・パスキル、F・B・スミス著、横山長之訳『大気拡散』(1995・近代科学社)』『竹内清秀著『気象の教室4 風の気象学』(1997・東京大学出版会)』『横山長之著『煙――大気中における振る舞と姿』(1997・白亜書房)』

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改訂新版 世界大百科事典 「大気拡散」の意味・わかりやすい解説

大気拡散 (たいきかくさん)
atmospheric diffusion

大気中の煙などの物質,あるいは熱などの物理量が,濃度の高い部分から低い部分へ移動し,一様な状態へ近づく現象をいう。大気はつねに運動をしており,また,その内部ではある一様な性質をもつ空気塊(渦)が多数存在している(このような状態を乱流と呼ぶ)。渦は移動するときに,もとの位置にあったときの空気の特性,たとえば汚染物質などを輸送する(この輸送過程を渦拡散とか乱流拡散という)。このため大気の拡散能力は,これが存在しないと仮定した場合に比べ,大きい。大気拡散が特に問題となるのは,煙突からの汚染物質の拡散過程であり,以下これについて述べる。

汚染物質の拡散率は平均風の強さと風の変動に関係している。煙突から昇る煙の柱は物理学的にはプルームplumeと呼ばれる流れで,これは,流体の底の一部を連続的に加熱した場合などに生じ,その境界に渦が発生している。煙突からの煙プルームは鉛直風変動と水平風変動によって鉛直方向と水平方向に広がる。また高いところほど渦の大きさが大きく,煙プルームの広がりが大きくなる。夜間に低層の気温逆転ができて風が弱まると拡散は小さくなり,地上発生の汚染物質は逆転層内にたまる。一般には渦拡散によって地上から汚染物質が上方へ運ばれるのであるが,煙突の煙が下方へ渦によって輸送されることもある。高い煙突からの煙プルームの挙動は風と大気安定度に依存している。風は弱いほうだが不安定のときは渦が大きくなり,プルームは波状(ルーピング)になる。風が10m/sをこえると大気安定度は中立で,プルームの上下方向の広がりが小さく水平方向に円錐状(コーニング)に広がる。風が弱く安定なときはプルームは薄い層状に風下に向かって横方向に広がり,扇形(ファニング)になる。これは下層大気が安定で鉛直運動のない夜間や早朝に見られる。夜間の気温逆転が崩れて混合層の厚さが煙プルームの高度に達すると,煙は急激に下方へ向かって広がりヒューミゲーションを生ずる。一般に汚染物質の地上最大濃度は煙突の高さの2乗に比例して減少するが,ルーピングのような例外もあり,また凹凸地形での煙の拡散は複雑である。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大気拡散」の意味・わかりやすい解説

大気拡散
たいきかくさん

大気中に放出された汚染物質が清浄な空気と混合,拡散し,希釈されること。この作用には風速と大気の乱れが大きく影響する。排出された汚染物質が地表に到達する最大濃度は,風速と有効煙突高の2乗に反比例し,排出量に比例するとして,サットン式により計算される。しかし,広い範囲に高密度に発生源がある場合,この計算だけでは不十分であり,地形,地域の微気象なども加味して汚染物質排出の抑止をはからなければならなくなっている。 (→総量規制 , 濃度規制 )

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