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天狗党の乱 てんぐとうのらん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

天狗党の乱
てんぐとうのらん

幕末,水戸藩尊攘派 (天狗党) の挙兵。元治1 (1864) 年3月 27日藤田東湖の子小四郎 (→藤田小四郎 ) は,田丸稲之衛門を首領として筑波山に挙兵,武田耕雲斎もこれに呼応して京都に向ったが,越前で幕府軍に降伏した。

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百科事典マイペディアの解説

天狗党の乱【てんぐとうのらん】

1864年3月水戸藩の尊攘派天狗党が筑波山に挙兵した事件。文久3年8月18日の政変を機に,水戸藩では保守派の諸生(しょせい)党が実権を握り,これと対立する天狗党はついに朝廷の攘夷延期不満を掲げて挙兵,流血の党争を続けたが,幕府の追討を受けて敗走,一橋慶喜をたよって上洛の途中加賀金沢藩に降伏。
→関連項目岩鼻水戸藩水戸浪士

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世界大百科事典 第2版の解説

てんぐとうのらん【天狗党の乱】

1864年(元治1)水戸藩尊攘激派による挙兵事件。水戸藩主徳川斉昭の下で改革政治に登場した者が天狗と呼ばれ,尊攘激派を中心とした天狗党は,保守派とくに諸生党と激しく対立した。1863年(文久3)8月18日の政変尊攘運動が挫折すると,天狗党の藤田小四郎らは幕府に攘夷の実行を促すため,田丸稲之衛門を総帥として翌64年3月27日筑波山に挙兵した。当初攘夷祈願のため日光に向かうが,はじめから軍資金不足に悩まされ,近在の諸藩や豪農商に金穀を強要することが多かった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

天狗党の乱
てんぐとうのらん

1864年(元治1)3月から12月にかけて、水戸藩士の尊王攘夷(じょうい)派のうちの急進派が常陸(ひたち)(茨城県)、下野(しもつけ)(栃木県)、下総(しもうさ)各地の農民を率いて関東各地また中山道(なかせんどう)に転戦した事件。天保(てんぽう)(1830~44)ころから水戸藩改革派の武士を天狗とよぶ風があったが、64年3月、水戸藩士田丸稲之衛門(いなのえもん)、藤田小四郎(こしろう)らが尊王攘夷を旗印に常陸国筑波(つくば)山に挙兵すると、水戸藩領那珂湊(なかみなと)、小川、潮来(いたこ)の三郷校に集結していた郷士、神官、農民ら約1000人がこれに加わった。これを世に筑波天狗党という。天狗党は下野国太平山(おおひらさん)、日光と移動するが、幕府はこれに追討軍を送り、また、水戸藩をはじめ関東諸藩に出兵を命じ、下野、下総、常陸各地に戦闘が続いた。
 水戸藩改革派が領内各地に建設した10余の郷校に学んだ農民は改革派に連なり、一方、鯉淵(こいぶち)勢、河和田(かわわだ)勢、薄井勢、寺門隊など農兵は藩内保守派(諸生党)に属して天狗党と闘い、これに世直し騒動も加わって、領内農村も複雑な様相をみせる。水戸藩主徳川慶篤(よしあつ)の代理として分家の宍戸(ししど)藩主松平頼徳(よりのり)が藩内抗争鎮撫(ちんぶ)のため水戸に下るが、戦闘に巻き込まれて幕府から自刃を命ぜられる悲惨な事件もあった。天狗党は水戸、那珂湊の戦いで敗れ、その一部は北上して磐城塙(いわきはなわ)で全滅、主流800余名は武田耕雲斎(こううんさい)を長として西上、当時京都にあった一橋慶喜(ひとつばしよしのぶ)(禁闕(きんけつ)守衛、前水戸藩主徳川斉昭(なりあき)の子)を頼って幕府追討軍、諸藩の兵と闘いながら下野、上野(こうずけ)、信濃(しなの)、飛騨(ひだ)を通り、越前(えちぜん)国(福井県)新保(しんぼ)まできて力尽き加賀藩に降伏、翌年、約350人が斬罪(ざんざい)となった。維新黎明(れいめい)期の天誅(てんちゅう)組や生野(いくの)の変などと並ぶ激派事件である。[秋山高志]

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世界大百科事典内の天狗党の乱の言及

【敦賀[市]】より

…一方,港の衰微とは別に,江戸時代中期以降,北前船の船主が敦賀にも多く現れ,活発な商業活動を展開した。 1864年(元治1)武田耕雲斎をはじめとする823人の水戸浪士は,一橋慶喜に心事を訴えるために上洛しようとするが,敦賀において派遣された諸大名の軍勢に行く手をはばまれ,降伏し,全員が処刑された(天狗党の乱)。【藤井 譲治】。…

【藤田小四郎】より

…幼時から父の薫陶を受け,のち江戸・京都に出て尊攘運動に奔走。長州の桂小五郎らと東西呼応して事を挙げようと謀ったが果たさず,64年(元治1)同志を募り筑波山に挙兵(天狗党の乱),天狗党の実質的指導者となる。水戸藩諸生党,幕兵らと次々交戦するも利あらず,同志と上京の途次加賀藩に降伏。…

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