岩鼻(読み)いわはな

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

岩鼻
いわはな

群馬県南部,高崎市南東部にある地区。旧村名。 1957年高崎市に編入寛政5 (1793) 年に陣屋が設けられ,明治1 (1868) 年には代官所跡に岩鼻県庁がおかれた。烏川左岸の静かな農村であったが,国道 17号線沿いに工業化,住宅地化が進んでいる。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディアの解説

岩鼻【いわはな】

群馬県高崎市の南東部,利根川支流烏(からす)川の左岸にあり,かつては上野国群馬郡のうち。江戸時代には中山道が通る水陸交通の要地で,1793年幕府代官所が設置される。岩鼻代官所の管轄領域は群馬郡・甘楽(かんら)郡・緑野(みどの)郡など上野国8郡にわたる5万8700石余に及んだ。1805年創設の関東取締出役は同代官所を拠点に上州を取締った。1865年木村甲斐守が新規関東郡代として着任すると管轄領域は上野一国と武蔵国5郡にまで拡大。1864年の天狗党の乱では代官所付猟師鉄砲隊が追討の中枢となった。1868年の官軍下向に際し,代官所詰農兵銃隊取立計画が挫折,主だった役人は江戸に逃走して代官所は崩壊。同年旧代官所の支配地域をほぼ引き継いで岩鼻県を置き,1869年には吉井藩を併合するが,岩鼻県は同年廃止されて第1次群馬県が成立。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

いわはな【岩鼻】

上野国(群馬県)群馬郡の代官陣屋所在地。1590年(天正18)徳川家康の関東入部以後前橋藩領,村高264石余。1749年(寛延2)酒井氏転封後は幕府領,93年(寛政5)岩鼻砦跡に関東代官の陣屋が設置された。初代代官は吉川栄左衛門と近藤和四郎,配下に手付手代書役地役人などがいた。陣屋の規模は4.6ha,周囲に堀をめぐらし,中に役所と役人住宅があった。支配区域は上州3郡・武州6郡,最高時には50万石に達した。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

岩鼻
いわはな

群馬県高崎市街地の南東部の一地区。旧岩鼻村。烏(からす)川左岸にあり、1880年(明治13)陸軍の岩鼻火薬製造所が設けられ、1963年(昭和38)その跡地に日本原子力研究所高崎研究所(現、日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所)ができた。1974年には県立近代美術館、1979年県立歴史博物館が静かな森に囲まれて開設された。国道17号が通じる。[村木定雄]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

フェロー

イギリスではこの呼称は主として次の3つの場合をさす。 (1) 大学の特別研究員 研究費を与えられ,多くは教授,講師を兼ねる。 (2) 大学の評議員 卒業生から選ばれる。 (3) 学術団体の特別会員 普...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

岩鼻の関連情報