南都北嶺の僧侶が寺の伝統をたのんで驕慢(きようまん)にほこるさまや,浄土,禅など新興宗派の徒が独善に走る狂態ぶりを〈天狗の七類〉にたとえて,鎌倉末期の宗門を批判した絵巻。全7巻から成り,宗教絵巻としてはすこぶる特殊な内容を持つユニークな作例。しかも詞書中に永仁4年(1296)の制作年が記され,鎌倉時代絵画史上の貴重な基準作でもある。《看聞日記》永享3年(1431)4月17日条の〈七天狗絵七巻〉,《壒囊鈔(あいのうしよう)》(1446)の〈七天狗ノ絵〉も,この《天狗草紙》をさすかと思われる。現在,東京国立博物館蔵2巻(延暦寺巻,東寺巻),宮本家蔵1巻(園城寺巻),久松家旧蔵1巻(浄土山臥遁世巻),根津美術館蔵1巻(諸天狗成仏巻)と東京国立博物館に模本が2巻(興福寺巻,東大寺巻)ある。画面には詞書の内容を超えて,僧たちの驕慢ぶりが具体的にあらわされ,画中の注記や人物の科白(せりふ)の書入れがそれに拍車をかけている。制作者は叡山天台関係の学僧かと考えられている。全巻一筆になり,鎌倉時代やまと絵の正系を伝え,きびきびした筆線で実在の人物などには鋭い写真表現もみられるなど,すぐれた絵画性を示している。なお,久松家旧蔵の巻と根津美術館蔵の巻は〈三井寺巻〉ともよばれるが,これは本来の呼称ではない。この2巻は特に説話的興味に富み,芸能資料も豊かであるが,室町期に入って《魔仏一如絵詞》(詞書5段,絵4段)として独立する。
執筆者:田口 栄一+徳江 元正
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鎌倉時代の絵巻。七巻。南都北嶺(ほくれい)の諸大寺における僧徒の横暴と驕慢(きょうまん)ぶり、および浄土宗、時宗という新興宗教の異様なふるまいなどを七類の天狗に例えて風刺、当時の宗教界に対する不満を絵をもって如実に示した異色の作品。延暦寺(えんりゃくじ)巻、東寺(とうじ)巻(ともに東京国立博物館)、園城寺(おんじょうじ)巻(宮本家蔵)、伝三井寺(みいでら)巻とよばれる浄土山臥遁世(やまぶしとんせい)巻(久松家旧蔵)および諸天狗成仏巻(東京・根津美術館)のほか、興福寺巻、東大寺巻の二巻の模本(ともに東京国立博物館)が伝わる。伝三井寺の二巻は他の五巻に比して説話としても芸能資料としても興味深い。また興福寺巻の序文にはこれらの制作の動機とともに「永仁(えいにん)四年(1296)十月六日」の年紀が記されており、制作時期を知ることができる。全巻一筆からなり、絵は暢達(ちょうたつ)な運筆と華麗な色彩を用い、鎌倉時代の大和(やまと)絵の正系を伝える。
[村重 寧]
『小松茂美編『続日本絵巻大成19 天狗草紙他』(1984・中央公論社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
鎌倉時代の宗教界を天狗にたとえて風刺した絵巻物。もと7巻。興福寺巻の詞書中に1296年(永仁4)成立と記載される。仏教歌論書「野守鏡(のもりのかがみ)」との関連が指摘される。延暦寺巻(東京国立博物館蔵),園城寺巻(宮本家蔵),東寺・醍醐寺・高野山巻(東京国立博物館蔵),浄土宗・山伏・時宗・禅宗巻(個人蔵),諸天狗成仏巻(根津美術館蔵),ほか東大寺巻と興福寺巻の模本(東京国立博物館蔵)が残る。異本に「魔仏一如絵」。いずれも重文。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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