神社の主神に対して,ほぼ対等か,やや低い地位にあり,しかしまだ完全に従属はしていないという,あいまいな関係にある神格で,その土地に定着してから,比較的時間の浅い段階の状況を示している。ふつう神社の境内にまつられている境内社には,摂社(せつしや)と末社(まつしや)とがある。摂社には,主神と縁故関係が深い神がまつられており,末社は,主神に従属する小祠である場合が多い。客神の場合は,この両者とも異なり,主神のまつられている拝殿の一隅にまつられたり,〈門(かど)客神〉と称され随神のような所にまつられ,まだ独立の祠をもっていないことが特徴である。東北・関東の〈荒脛巾(あらはばき)神〉,南九州の〈門守(かどもり)神〉などはその一例だが,なかには普通の境内社より大きな一社を別個にたててまつる例もある。客神はちょうど人間社会における客人の扱いと同じで,外界からきた来訪神(らいほうしん)を,土地の神が招き入れて,丁重にもてなしている形である。客神が,けっして排除されることがないのは,外から来た神が霊力をもち,土地の氏神の力をいっそう強化してくれるという信仰があったためと考えられている。氷川神社の門客神神社,気比神宮の角鹿(つぬが)社,厳島神社の客神社,美保神社の客人神社などは,有名な大社にまつられた客神の代表例である。
執筆者:宮田 登
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外の世界からきた神。「まれひとがみ」ともいう。『日本霊異記(りょういき)』では「仏の神像なり」とあり、『播磨国風土記(はりまのくにふどき)』には韓国(からくに)よりの渡来とし、異形で荒々しい神と表現しており、外来のものに対する畏怖(いふ)感を示す。神社では本来の地主神にかわって祀(まつ)られたり、他から迎えた神をいう。客大明神(だいみょうじん)、客人権現(きゃくじんごんげん)ともよばれ、地主神と同一視する場合もある。福井県敦賀(つるが)市の角鹿(つぬが)神社は客神、政所神(まんどころのかみ)、滋賀県東近江(おうみ)市の押立(おしたて)神社は客神の宮と別称し、日吉(ひよし)大社の末社に客人(まろうど)社(白山姫(しらやまひめ)神社)がある。祭神名はそれぞれに異なり、娼家(しょうか)では客の来訪を祈る神となっている。
[櫻井治男]
神社に合祀(ごうし)されている寄留的な神々。日本の社の祭神は時代的に多少の変動もみられるが、ともかくいちおう「主神」は古く固定していて、「相殿(あいどの)」として同格の神々が合祀され、また「末社」として古くからの従属的な神々もあわせ祀(まつ)られていた。「客神」は「主神」と本来的なつながりをもたぬ神で、いわゆる「摂社」にあたるが、近代の合祀によるものとは同じではない。漂着その他の由縁で他界から来臨した神々には特異の神徳を感得して、それを村氏神などに合祀したものが多いらしい。いわゆる「漂着神」に対する根強い信仰の残存であろう。「聖なるもの」が時あって外界から来臨して、人々に「幸」をもたらすという信仰が「神常在」の神社祭祀が定着したのちにもなお久しく残ったのであろう。
[竹内利美]
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…中国の南朝時代,5~6世紀に生きた思想家。生没年不詳。南郷舞陰(河南省)の人。字は子真。仏教が説く因果の有無をめぐって南斉の竟陵王蕭子良(しようしりよう)と議論した際,《神滅論》を発表。肉体の消滅とともに霊魂も消滅すると説き,因果をになう主体となるべき死後の霊魂の存在を否定した。その後,崇仏皇帝の梁の武帝は僧侶や士大夫を動員して《神滅論》の総攻撃を行わせたが,現代中国においては唯物主義的無神論思想としてきわめて評価が高い。…
※「客神」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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