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富田鉄之助 トミタテツノスケ

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デジタル大辞泉の解説

とみた‐てつのすけ【富田鉄之助】

[1835~1916]官僚・実業家。陸奥(むつ)の人。勝海舟に師事。幕末に渡米し経済学を学ぶ。外交官として活躍した後、大蔵省に転じ日本銀行の設立に参画、初代副総裁となる。のち、総裁に就任するが松方正義蔵相と対立して辞任。その後は東京府知事や横浜火災保険社長などを歴任した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

富田鉄之助 とみた-てつのすけ

1835-1916 明治-大正時代の官僚,実業家。
天保(てんぽう)6年10月16日生まれ。陸奥(むつ)仙台藩士の子。勝海舟にまなび,アメリカに留学。維新後,外務省をへて大蔵省にうつり,明治15年日本銀行設立に参画し副総裁,21年総裁。のち貴族院議員,東京府知事をつとめる。富士紡績,横浜火災保険を創立した。大正5年2月27日死去。82歳。名は実則。

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朝日日本歴史人物事典の解説

富田鉄之助

没年:大正5.2.27(1916)
生年:天保6.10.16(1835.12.5)
明治時代の官僚,実業家。仙台藩士富田実保の4男。勝海舟に師事し,慶応3(1867)年幕命により米国留学,経済学を学ぶ。在米中明治維新となったが,明治2(1869)年政府の留学生になる。5年ニューヨーク領事心得,以後ニューヨーク副領事,上海総領事,外務少書記官,英国公使館1等書記官等を歴任。その後大蔵省に転じ大蔵権大書記官を経て大蔵大書記官となり日本銀行の創立事務を担当する。15年日本銀行創立とともに同行副総裁,21年総裁吉原重俊の死去により第2代総裁となる。同行在職中には,発券制度である保証発行屈伸制限制度の確立,対民間取引の整備・拡充,公定歩合政策の弾力的運用,外国為替業務の整備問題など中央銀行としての基礎的,制度的問題に尽力した。しかし横浜正金銀行に対する外国為替買取資金の供給問題で大蔵大臣松方正義と衝突し22年辞任。その業績とともに清廉潔白な人格,最新の海外経済知識など日本銀行総裁・副総裁としての評価は高い。副総裁時代に編述した『銀行小言』(1885)は,当時広く読まれ銀行知識の普及に貢献した。また福沢諭吉の媒酌で杉田阿縫と結婚した際,日本ではじめてといわれる夫婦契約書を作り話題となった。23年帝国議会開設とともに勅選貴族院議員,24年から26年まで東京府知事を歴任し,日本勧業銀行設立委員に任命されたほか,富士紡績,横浜火災保険,日本鉄道などに関係した。<参考文献>吉野俊彦『忘れられた元日本銀行総裁―富田鉄之助伝―』,『日本銀行史』2巻,『歴代日本銀行総裁論』,日本銀行編『日本銀行百年史』1巻

(佐藤政則)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

富田鉄之助
とみたてつのすけ
(1835―1916)

明治・大正期の実業家。第2代日銀総裁。仙台藩士の四男として仙台に生まれる。勝海舟(かつかいしゅう)の氷解塾に入り、勝の知遇を受け、1867年(慶応3)勝小鹿に従い渡米。69年(明治2)には政府の命によりふたたびアメリカに留学。帰国後一時外務省に勤務したが、大蔵省に転じ、日本銀行の設立に参画、副総裁を経て、88年には総裁に就任。しかし松方正義(まさよし)蔵相と対立して辞任、その後は東京府知事、富士紡績会長、横浜火災保険社長などを歴任した。[杉山和雄]

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世界大百科事典内の富田鉄之助の言及

【演説】より

…それまではヨーロッパで行われてきたような演説の習慣は,日本ではみられなかった。演説の会場にあてるため,福沢は在アメリカの友人富田鉄之助に依頼して会堂の設計図をとりよせ,1875年に演説館を開館した。これは現在も慶応義塾大学の構内に残っている。…

【大島貞益】より

…貞益の学説は,日本の国情研究に立脚した体系的経済思想であり,欧米経済学への追随を脱却したものの一つとして評価されている。また国家経済会の一員として富田鉄之助らとともに保護貿易論の普及にも努めた。【島崎 隆夫】。…

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