対話処理過程(読み)たいわしょりかてい(その他表記)discursive processes

最新 心理学事典 「対話処理過程」の解説

たいわしょりかてい
対話処理過程
discursive processes

対話処理過程とは,話し手と聞き手のやりとりによって進行する,言語の理解と産出の過程を指す。

【言語単位と処理過程】 人の最も基礎的な言語使用は音声言語であるが,これは物理的に言えば切れ目のない空気の振動である。しかし,実際の言語の理解と産出の経験は,さまざまな言語の処理水準levels of language processingで言語単位に分割されたものとして経験される。言語は,音韻phoneme,語の意味word meaning,文sentenceの三つの水準に区別され,このそれぞれの水準で認知的に処理される。産出過程は音韻から文へ向かう過程であり,理解は文から音韻にまで至る過程である。

 最も基礎的な第1の水準は音韻である。音韻は,単語と単語を区別する音声のカテゴリーである。どのカテゴリーを単語の区別に利用するかは,個別言語で違っているが,比較的少数のカテゴリーが利用される。日本人の英語学習において,l(エル)音とr(アール)音の区別に困難が生じる。その理由は,英語ではl音とr音の差を単語の区別に利用するが,日本語ではこれを利用しないからである。

 第2の水準は,語の意味である。音韻の組み合わせによって,対象物を指示したり,人間の行為を指示する語(単語)を形成する。意味を有する言語の最小単位を形態素morphemeという。形態素には,「かわ」のように単独の語として出現するものと,「おからだ」の「お」のように,他の形態素に付属するものがある。

 第3の水準は文であり,文は語の組み合わせによって形成される。有限の音韻の組み合わせで,ほぼ無限の文が形成できる。日本語の文は,助詞および助動詞によって語をくっつけて形成される。

【理解と産出における文脈効果】 言語には,さらに上位の処理水準がある。それが対話discourseの水準である。対話は複数の発話utteranceの交替から成立する,言語の最長単位である。同じ形式をもった発話であっても,その発話がどのような環境におかれるかによって,その発話がもたらす作用あるいは効果は異なってくる。ここでいう環境とは,その発話をだれが発するのか,だれに向かって発するのか,だれが側で聞いているのか,どのような役割地位で発するのかといった発話の条件の集合を指す。この集合は文脈contextとよばれる。たとえば「今何時ですか」という発話も,以下に見るように環境によって意味が異なる。

①「今何時ですか」「9時30分です」「はいよくできました」

②「今何時ですか」「9時30分です」「ありがとうございます,助かりました」

③「今何時ですか」「9時30分です」「今度遅れたら,単位は上げないよ」

 ①は小学校の教室における時計の読み方の授業,②は道端での会話,③は教室で遅刻してきた学生を叱責する場面が想像できる。それぞれの文脈によって,同じ「今何時ですか」の意味作用は異なってくる。これを文脈効果context effectという。①は教員が生徒の知識を確認する教授的発問であり,②は知りたいことを要求する質問,③は叱責という言外の意味をもたらしている。

【対話の基礎過程】 対話は,話し手と聞き手(すなわち対話の参加者)の相互行為で形成される,言語使用の実際の原初的な姿である。対話は,一人では不可能であり,つねに共同作業として進行する。次の話し手が発話を開始できるのは,現在の話し手が発話を終えるからで,現在の話し手であるわたしが発話を終了できるのは,今話し手であるあなたが発話を開始するからである。このような互恵的な対話への参加participation to discourseを通して,対話は可能となる。

 書きことばは,一人の書き手が生産するモノローグとみなされる。しかし,時間や空間を隔てて,だれかが反論したり,トリビュートしたり,本歌取りしたりするという意味で,対話の一種である。対面対話状況は,相手の身体が見える。この状況では,身体と言語がいわば二重になりながら対話の進行に寄与する。会話分析conversation analysisにおいて,よく知られた現象に発話のリスタート現象がある。これは,発話を発するが途中で停止して,再度開始する現象である。これは言い間違いにも見えるが,そうではない。実は,リスタートが生起すると,聞き手の視線,顔,身体上部が,話し手の方向に向くという現象が付随する。これは,だれが話し手であり,だれが聞き手であるのか,対話の参加者が互いに意識せずに確認し合う過程である。言語レベル以外に,身体のレベルでも,参加者の役割地位の確認が,言語の過程と並行して進行するのである。このように,対話においては言語と身体の二重性dual nature of body and languageが見られる。

 対話はただ単に言語の現象ではなく,言語使用の特殊性を明らかにする視点である。ここでいう特殊性とは,対話の非対称性asymmetry of discourseである。対話過程においては,話し手の意図するメッセージが直接聞き手に届かず,話し手と聞き手の意味内容にズレが生じることを意味する。通常のコミュニケーションモデルは,導管の比喩conduit metaphorを採用することがほとんどである。話し手は自分のメッセージをコードcodeに符号化encodeする。コードは導管によって聞き手のもとへと運ばれる。聞き手は受け取ったコードから話し手の送ってくれたメッセージを解読decodeする。このモデルでは同一のメッセージが共有される。対話の過程では,必ずしも同じメッセージが共有されない可能性がある。コードの解読方法を聞き手が共有せず,新たな意味を追加する可能性があるからである。対話の過程には,意味を限定していく求心的作用centripetal processと,逆に意味を拡大解釈して拡散させる遠心的作用centrifugal processという二つの作用が備わっている。これが,対話の非対称性を生み出すのである。

【対話の発達】 対話は,生後数日のうちに始まる。まだいかなる語も使用できない乳児が,養育者との間で掛け合いのような相互作用を開始するのである。この掛け合いを基にして,母親の働きかけに対して,なんらかの音声で乳児が応答する元言語(プロト言語)proto-languageが成立する。音韻,語の意味,文法に比較すると,対話は実は乳児期のごく早い時期から始まっているのである。母語の音韻の聞き分けには,母音で6ヵ月,子音は1年を必要とする。また,最初の意味ある語は出現までに1年を要する。最初の文構造をもつ二語文が出現するのは1歳半ごろであり,文法の基礎的部分が完成するには就学期を待つ必要がある。対話は,文法面が完成した後も,発達しつづける。社会的な役割地位に応じた,あるいは社会的場面にそぐわしい言語の使用法の習得過程として対話は発達しつづける。これはことばのジャンルspeech genreとよばれる社会的な言語の型の習得として,生涯にわたって発達を続けるのである。
〔茂呂 雄二〕

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