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小坂鉱山 こさかこうざん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

小坂鉱山
こさかこうざん

秋田県小坂町銅山文久1(1861)年にが発見され,慶応2(1866)年南部藩が直営に移したが,明治初年一時官営となり,1884年に藤田組(のちの同和鉱業)に移った。1959年に内ノ岱鉱床が発見され活気を取り戻した。鉱床は新第三紀中新世火山砕層岩類を母岩とする黒鉱(くろもの)で,銅,鉛,亜鉛,金,銀を含んでいる。採掘粗鉱は選鉱,製錬し,銅,鉛,亜鉛,金,銀,ビスマスカドミウム硫酸などを生産していた。1990年3月に閉山した。

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デジタル大辞泉の解説

こさか‐こうざん〔‐クワウザン〕【小坂鉱山】

秋田県北東部、鹿角郡小坂町にある銅鉱山黒鉱(くろこう)鉱床で、もと、南部藩が経営。

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デジタル大辞泉プラスの解説

小坂鉱山

秋田県鹿角郡小坂町にあった鉱山。金、銀、銅、鉛、亜鉛などを産出

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世界大百科事典 第2版の解説

こさかこうざん【小坂鉱山】

秋田県鹿角郡小坂町にある鉱山。明治末期から大正初期にかけて日本最大の銅山であった。第三紀中新世のグリーンタフ(酸性~中性の火砕岩,溶岩)中に胚胎する黒鉱鉱床で,銀,銅,鉛,亜鉛,重晶石を生産している。鉱床は,1861年(文久1)の発見で現在は採掘が終了している元山鉱床と,1959年に発見された内ノ岱(うちのたい)鉱床の二つに大別される。元山鉱床は露天採掘法によって採掘されたが,内ノ岱鉱床の各鉱体はいずれも潜頭鉱床で,坑内採掘が行われた。

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大辞林 第三版の解説

こさかこうざん【小坂鉱山】

秋田県北東部、鹿角かづの郡小坂町にある鉱山。銅を主に、鉛・亜鉛・銀などを産出。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小坂鉱山
こさかこうざん

秋田県北東部、鹿角(かづの)郡小坂町にあった日本有数の黒鉱(くろこう)鉱山。1829年(文政12)農民によって発見されたという。盛岡藩直営鉱山であり、1869年(明治2)官営となり、翌年洋式精錬所が置かれた。1908年(明治41)から露天掘りが始まり、日本最大の銅山となった。1946年(昭和21)終掘したが、1959年以後新鉱床が発見され同和鉱業(株)によって稼動していたが、1990年(平成2)ふたたび閉山された。その後は小坂製錬として稼動している。旧小坂鉱山事務所は国の重要文化財に指定された。[宮崎禮次郎]
『『小坂町史』(1975・小坂町)』

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世界大百科事典内の小坂鉱山の言及

【藤田組】より

…政商的色彩が強く,79年には〈藤田組贋札事件〉で取調べを受け,その活動は民権派の攻撃の的となった。藤田組設立後は84年に小坂鉱山の払下げを受け,また87年に大倉喜八郎の参加を得て内外用達会社,有限会社日本土木会社(最初の法人組織による建設会社)を設立して用達・土木部門を分離した。93年にこの両社を大倉に譲渡して鉱山に主力を集中したが,この間,放漫な経営方針と小坂鉱山の減産によってたびたび経営危機に陥った。…

※「小坂鉱山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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