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小川未明 おがわ みめい

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美術人名辞典の解説

小川未明

小説家・童話作家。新潟県生。早大卒。名は健作。著書に『薔薇と巫女』『物言はぬ顔』『小川未明童話全集』等。児童文学者協会会長。芸術院会員。昭和36年(1961)歿、79才。

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デジタル大辞泉の解説

おがわ‐みめい〔をがは‐〕【小川未明】

[1882~1961]小説家・童話作家。新潟の生まれ。本名、健作。ロマンチックな作風から社会主義的傾向へと変わったが、のち童話に専念。童話を文学として確立した先駆者の一人。小説「魯鈍な猫」、童話「赤い蝋燭(ろうそく)と人魚」など。

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百科事典マイペディアの解説

小川未明【おがわみめい】

小説家,童話作家。本名健作。新潟県生れ。早大英文卒。坪内逍遥島村抱月の指導を受けた。1907年小説集《愁人》で注目された。1910年には創作童話集《赤い船》を刊行。
→関連項目赤い鳥坪田譲治早稲田派

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小川未明 おがわ-みめい

1882-1961 明治-昭和時代の小説家,童話作家。
明治15年4月7日生まれ。坪内逍遥(しょうよう)に師事して,明治40年の短編集「愁人」などで小説家としてみとめられる。雑誌「赤い鳥」「おとぎの世界」におおくの作品を発表。大正15年に童話作家宣言をする。戦後,児童文学者協会初代会長。昭和26年芸術院賞。28年文化功労者。29年芸術院会員。昭和36年5月11日死去。79歳。新潟県出身。早大卒。本名は健作。作品に童話「赤い蝋燭と人魚」「野薔薇」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

おがわみめい【小川未明】

1882‐1961(明治15‐昭和36)
作家。新潟県の生れ。本名健作。早稲田大学英文科卒業。学生時代から小説を書きはじめ,新人作家として一部に認められたが,卒業後は《少年文庫》読売新聞》《秀才文壇》などの記者をしながら作品を発表,処女小説集《愁人》(1907)でネオ・ロマン派の旗手と目されるようになった。一方,1910年には第1童話集《赤い船》も出版して,以後小説と童話の両方を書いたが,26年,〈今後を童話作家に〉と題する有名な宣言を発表,以来没するまでこの決意どおりの道を歩んだ。

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大辞林 第三版の解説

おがわみめい【小川未明】

1882~1961) 小説家・児童文学者。新潟県生まれ。本名、健作。早大卒。ロマン主義的・社会主義的傾向の小説を発表、のち童話に専念。小説「薔薇と巫女」「魯鈍な猫」、童話「赤い蠟燭と人魚」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

小川未明
おがわみめい

[生]1882.4.7. 新潟,高田
[没]1961.5.11. 東京
小説家,児童文学者。本名,健作。 1905年早稲田大学英文科卒業。坪内逍遙の指導を受けた。在学中に処女小説『霰 (あられ) に霙 (みぞれ) 』 (1905) で文壇にデビュー,07年に短編集『愁人』『緑髪』,次いで『惑星』を刊行,自然主義全盛の時流のなかで独自の浪漫主義的作風を示した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小川未明
おがわみめい
(1882―1961)

小説家、童話作家。本名は健作。雅号の未明は師の坪内逍遙(つぼうちしょうよう)がつけてくれたもので、正しくは「びめい」と読むが、今日一般には「みめい」と読まれている。明治15年4月7日、新潟県高田に旧士族のひとり息子として生まれる。数学の成績が悪いため高田中学校を3回落第、創立まもなくの自由な雰囲気のあった早稲田(わせだ)大学英文科に学んだ。在学中に書いた小説『紅雲郷』のロマンチックな傾向を坪内逍遙に認められ、続いて書いた『霰(あられ)に霙(みぞれ)』で明治末期の新ロマンチシズム文学の有望な新人と認められた。生来的に短編小説に優れており、処女短編集『愁人(しゅうじん)』(1907)をはじめ十数冊の短編小説集を世に送り、長編小説は『魯鈍(ろどん)な猫』(1912)1作しかない。大正期に入ってからは社会主義的な傾向を強め、労働文学の雑誌『黒煙』を指導するかたわら日本社会主義同盟の創立にも参加した。またこの時期には、大正デモクラシー思潮に支えられた『赤い鳥』の創刊なども影響して、処女童話集『赤い船』(1910)以後しばらく筆を絶っていた童話も盛んに書くようになり、『赤い蝋燭(ろうそく)と人魚』(1921)をはじめ幾冊もの童話集を刊行、近代的な児童文学の興隆に大きく寄与した。大正末期に至ると、生得のロマンチックな性向と社会主義的な文学理論との違和が決定的となり、『未明選集』全6巻(1925)の刊行を機に童話作家として専念することを決意、以後は児童文学者として生き抜いた。昭和36年5月11日没。
 第二次世界大戦の敗戦までの未明は文壇的にも文学実質的にも日本児童文学最大の存在であった。戦後10年ほどたって新たな児童文学運動がおこる時点で、彼の童話の象徴的方法は批判され否定されたが、近年は文学史的にその価値が評価されるようになってきている。[上笙一郎]
『『小川未明小説全集』全6巻(1979・講談社) ▽『小川未明童話全集』全16巻(1976~78・講談社) ▽上笙一郎著『未明童話の本質』(1966・勁草書房) ▽岡上鈴江著『父・小川未明』(1970・新評論) ▽続橋達雄著『未明童話の研究』(1977・明治書院)』

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世界大百科事典内の小川未明の言及

【解放】より

…黎明会,新人会の会員が執筆したほか,荒畑寒村,堺利彦,山川均,山川菊栄などの社会主義者も毎号のように登場している。文芸欄には小川未明,宮地嘉六,金子洋文らが執筆,しだいに労働者作家,社会主義的作家の寄稿が増加したが,関東大震災のため23年9月終刊した。(2)第2次 25年山崎今朝弥(けさや)の経営に移り,日本フェビアン協会の《社会主義研究》を7月号より《解放》と改題,10月号から総合雑誌化された。…

【児童文学】より

…しかしその反面には遊戯的な態度,思想の貧困,芸術性のとぼしさが目だっていた。小川未明の第1童話集《赤い船》(1910)は,日本の児童文学に近代的文学精神と文芸形態をもたらしたさきがけである。未明と同じくネオ・ロマンティシズムに立つ鈴木三重吉も,世界童話の芸術的再話によって小波の世界おとぎ話の移植に対決した。…

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