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小谷喜美 こたに きみ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小谷喜美 こたに-きみ

1901-1971 大正-昭和時代の宗教家。
明治34年1月10日生まれ。大正14年小谷安吉と結婚。義弟久保角太郎の影響で法華経信仰にはいり,久保らと霊友会の設立につくす。昭和5年会長となり布教に専念する。39年伊豆(いず)遠笠(とおがさ)山に弥勒(みろく)山をたてた。昭和46年2月9日死去。70歳。神奈川県出身。旧姓は飯田。

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世界大百科事典 第2版の解説

こたにきみ【小谷喜美】

1901‐71(明治34‐昭和46)
宗教法人霊友会初代会長。神奈川県三浦に生まれ,1925年に霊友会の教祖となる久保角太郎の実兄小谷安吉と結婚。久保の教導にふれ,霊友会創立につくし,30年7月会長に就任,布教に専念して,社会奉仕活動に尽力,霊友会の基礎をきずいた。64年には伊豆遠笠山に弥勒山を建立。霊友会は,夫と妻両家代々の先祖をまつる先祖供養を説き,戦後の新宗教に大きな影響をあたえた。【大濱 徹也】

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大辞林 第三版の解説

こたにきみ【小谷喜美】

1901~1971) 宗教家。神奈川県生まれ。久保角太郎と共に霊友会を設立、1925年(大正14)会長となり、組織を確立した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小谷喜美
こたにきみ
(1901―1971)

大正・昭和期の宗教家。霊友会初代会長。神奈川県三浦郡下浦村金田(現三浦市)の半農半漁の貧家に生まれる。17歳で漁師と結婚したが、まもなく死別、上京して27歳のとき小谷安吉と再婚した。夫の実弟久保角太郎(かくたろう)の影響で法華(ほっけ)行者となり、1930年(昭和5)に角太郎とともに「霊友会」を正式に発足させた。万霊を祀(まつ)り、先祖供養(くよう)によって悪因縁を断ち切るとする教えは、第二次世界大戦後の混乱期の窮乏生活で不安にあえぐ主婦層の心をつかみ、戦後最大の新宗教教団の一つとなった。立正佼成会(こうせいかい)など多くの分派を生んだ。[藤井正雄]

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世界大百科事典内の小谷喜美の言及

【霊友会】より

…久保角太郎(1892‐1944)と小谷喜美が中心となって創立した在家主義仏教団。久保は,法華行者西田俊蔵の説く万霊供養の教えにひかれ,1919年霊の友会を創設,六親眷属たる家の先祖供養として説いて布教し,25年兄小谷安吉,その妻喜美と大日本霊友会を設立,喜美が会長に就任した。…

※「小谷喜美」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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