尹興吉(読み)いんこうきつ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「尹興吉」の意味・わかりやすい解説

尹興吉
いんこうきつ / ユンフンギル
(1942― )

韓国(大韓民国)の小説家。全羅北道(ぜんらほくどう/チョルラブクト)井邑(せいゆう/チョンウプ)出身。円光大学国文学科卒業。1968年『韓国日報』の新春文芸に短編灰色の冕旒冠(べんりゅうかん)の季節』が当選して、教員生活から作家活動に専心。以来多くの話題作を発表してきた気鋭の作家。一貫した問題意識は、社会の矛盾と不条理の探求であり、それは一方では都市化と高度経済成長のもたらす社会や人間のひずみを描いた作品系列として、他方、同族相殺の悲劇をもたらした朝鮮戦争をめぐる人間の苦悩をにじませた作品系列としてまとめられる。前者のものとしては、1970年代の労働者や都市の下層民を描いた『九足の靴で居残った男』(1977)、その続編ともいえる『直線と曲線』や『青ざめた中年』『翼または手錠』(いずれも1977)などの作品があげられる。後者の系列のものとしては、朝鮮戦争を純真な少年の目を通して描いた『黄昏(たそがれ)の家』(1970)、『長雨』(1973)、『羊』(1974)などがある。そのほかにも『虹(にじ)はいつ掛かるか』(1979)、『夢見る者の羅城』(1987)など4冊の創作集があり、長編小説では、海の見える学校へ転勤したころの体験をもとに描いた『黙示の海』(1978)、そして封建的な大家族制度のしがらみのなかで波瀾(はらん)に満ちた生涯をおくった母親像を描いた『母(エミ)』(1982)や、権力に対する批判を風刺諧謔(かいぎゃく)で描いた『腕章』(1983)、民族分断の悲劇を描いた『鎌』(1995)など鋭い人間凝視と独特な表現手法を駆使して描いた優れた文学作品が多数ある。そして2000年に発表された『山火事』は、孤児でありながらかつて反体制運動に身を投じた主人公の大学生の苦悩と転落を描いた作品として話題作となった。

[裵 美善]

『姜舜訳『長雨』(1979・東京新聞出版局)』『安宇植訳『黄昏の家』(1980・東京新聞出版局)』『安宇植訳『母(エミ)』(1982・新潮社)』『安宇植、神谷丹路訳『鎌』(1989・角川書店、角川書店との出版契約により韓国よりも先に日本向けに執筆)』『古山高麗雄編、韓国文芸編集部訳『韓国現代文学13人集』(1981・新潮社)』『中上健次編、安宇植訳『韓国現代短編小説』(1985・新潮社)』『姜尚求・白川豊他訳『韓国の現代文学(4)中編小説2』(1992・柏書房)』『中上健次・尹興吉著『対談 東洋に位置する』(1981・作品社)』

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世界大百科事典(旧版)内の尹興吉の言及

【朝鮮文学】より

…文学は演劇とともに民衆との距離を着実に縮めつつあるといえる。テーマも多様化しており,金東里のように土俗の美をえがくもの,キムジハ(金芝河)のように都市と農村の社会的矛盾をえがくもの,趙世熙のように労働問題をあつかうもの,朴泰洵のように強引な近代化と物質万能主義に懐疑をなげかけるもの,尹興吉のように南北分断状況を自己の痛みとしてうけとめるものなどさまざまであるが,概して韓国の作品は日本の風俗小説や私小説的なものは少なく,広義におけるモラル,人間いかに生きるべきかという問いを追求する太い骨格をもっているといえよう。 一方,朝鮮民主主義人民共和国の文学は民衆を革命的世界観と共産主義思想で武装させるための教科書としての役割を担っている。…

※「尹興吉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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