日本大百科全書(ニッポニカ) 「ブドウ球菌」の意味・わかりやすい解説
ブドウ球菌
ぶどうきゅうきん
[学] Staphylococcus
グラム陽性球菌グループの細菌。基準種は黄色ブドウ球菌Staphylococcus.aureusで、この種を含めて29種4亜種がある。和名はスタフィロコックスStaphylococcusの訳で、ブドウの果実のように球状の菌細胞が配列する。しかし、単球菌や双球菌となることが多い。通性嫌気性で運動性はなく、胞子(芽胞(がほう))形成はない。ブドウ糖を嫌気的に分解して酸をつくる。カタラーゼは陽性である。
ブドウ球菌は自然界に広く分布する常在菌である。ヒトを含むいろいろな哺乳(ほにゅう)動物から鳥類まで体の内外に分布し、種々の疾患の原因となる。しかし、黄色ブドウ球菌以外のブドウ球菌の病原性はあまり強くはないが、スタフィロコックス・サプロフィテクスS. saprophyticusが若い女性の尿路感染症をおこす頻度が比較的高い。黄色ブドウ球菌の形容詞名「aureus」は黄色の意味で、和名はそれに対応してつけられたものであるが、培養はかならずしも黄色とは限らず、名前と実体とは異なる。
黄色ブドウ球菌はヒトの化膿(かのう)性疾患をおこすが、生化学的活性も高い。とくにコアグラーゼ活性(コアグラーゼcoagulaseはヒトやウサギの血漿(けっしょう)に作用し、フィブリン凝固物をつくる酵素。この作用は病原性と密接な関係があるとされる)や糖の分解能も高く、さらにDNA(デオキシリボ核酸)分解酵素をもつ。耐塩性も強く、溶血毒素の生産力も高い。このような性質を中心に種類を見分ける方法としてきたが、現在は不十分であるという意見があり、使われていない。
[曽根田正己]
ヒトに対する病原性ならびに疾患
ヒトに対する病原性と疾患には、次のようなものがある。
(1)創傷からの感染症 なんらかの原因による創傷から感染巣を形成、重症化することがある。
(2)転移性の感染症 長期に装着するカテーテル(診療、治療に使う管)や心臓の人工弁などの部分に感染巣を形成し、これが原発となって骨髄炎や心臓内膜炎が転移して発症する。骨髄炎は黄色ブドウ球菌が血行中に入り、骨髄に定着感染するものと考えられる。初めは疼痛(とうつう)などの急性炎症をおこすが、しだいに慢性化する。心臓内膜炎も血流を介して菌が心臓内膜部に定着感染する場合と、心臓手術に関連して発生する場合がある。死亡率が高い。症状としては高熱、貧血、梗塞(こうそく)症状、脾臓腫瘍(ひぞうしゅよう)、皮膚の点状出血などとして現れる。
(3)ブドウ球菌食中毒 黄色ブドウ球菌はエンテロトキシンという外毒素をつくる。この菌が食塩濃度の高い食品中でも増殖できる性質が助けとなり、多くの調理食品中にエンテロトキシンがつくられる。毒素型中毒といわれ、潜伏期が短く、症状の持続時間も短い。発病率は高く、潜在患者数も多い。食中毒症状は下痢や腹痛で高熱が出ることはない。エンテロトキシンは100℃で失活するため、食品の100℃加熱はこの食中毒を防ぐ方法である。
(4)肺炎 重症のインフルエンザのような場合、気管の異物排除機能障害などから黄色ブドウ球菌が肺臓に定着、感染をおこす。また、菌血症によって肺臓に病巣ができる例もある。
(5)尿路感染症 尿道にブドウ球菌が感染し、急性膀胱(ぼうこう)炎をおこす。女性に多い。
(6)毒素感染症 黄色ブドウ球菌が生産する独特な毒素が、増殖部位から体の遠隔の部位に運ばれ、いろいろな部位で発症する。全身症状となることがある。
元来、ブドウ球菌はすべての抗生物質に感受性があったが、スルファミン、ペニシリン、ストレプトマイシン、クロラムフェニコールなどに耐性を示す菌が増えるようになった。とくにペニシリン系の抗生物質に対する耐性菌の出現は、ブドウ球菌感染症に対する治療薬に重大な問題として提起され、抗生物質の乱用についての警告となった。この菌の耐性獲得はβ(ベータ)-ラクタマーゼβ-lactamase(ペニシリナーゼ・セファロスポリナーゼのこと。これら抗生物質のβ-ラクタム部分を加水分解して失活させる酵素)という酵素の産生によるもので、その遺伝子をもつプラスミドによって菌から菌へと伝達されていった結果とされている。
[曽根田正己]
MRSA
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌Methicillin resistant Staphylococcus aureusの略。メチシリンに代表される抗生物質に耐性を獲得した黄色ブドウ球菌である。
1941年、ペニシリンGは抜群の効力のある抗生物質であるとして実用化され、治療剤として重要な役割を果たした。しかし、1950年ころには、ペニシリン分解酵素であるペニシリナーゼを産生する黄色ブドウ球菌が各地に分布するようになり、この菌による疾患に対しては効力がなくなっていった。1960年、このようなペニシリナーゼ産生のブドウ球菌をおさえ、治療効果をあげるためにβ-ラクタマーゼによって分解されないメチシリンがつくられた。半合成のペニシリンである。しかし、1961年にはメチシリンを開発した同じイギリスでMRSAが発見され、世界に広く分布をみる結果となった。これは、抗生物質がきわめて有用であり、世界的に多用されている証拠である反面、細菌は新しく使用される抗生物質に対抗するため次々と耐性を獲得していくことを意味し、抗生物質の乱用をいましめることになった。
MRSAによる感染症は、本質的には通常の黄色ブドウ球菌と変わることはないが、特に重症となる腹腔内腫瘍、腸炎、肺炎、敗血症などの感染症で重大な問題となる。また、MRSAはβ-ラクタム以外にも多種類の抗生物質に対して耐性をもつ、クロラムフェニコール(「クロロマイセチン」で著名)、エリスロマイシン、テトラサイクリン、ゲンタマイシン、トプラマイシン(これらは細菌のタンパク質合成阻害剤)やニューキノロン(核酸合成阻害剤)にも耐性が進んでいる。このような耐性獲得のメカニズムについてはMRSAのDNA上の遺伝子解析研究が進み解明されている。しかし、耐性遺伝子の種類は菌株レベルでも異なることから、容易とはいえない。
このように、多剤耐性菌の誕生や蔓延については、つねに抗生物質が多用される病院が重要な環境空間となる。MRSAへの対応が絶対的、十分な状態でないとするならば、院内感染対策と抗生物質使用の適正性を考慮するべきである。
MRSA感染症の治療にはバンコマイシン、ティコプラニン、アルバカシン、リネゾリド、シナシッドが有効である。しかし、すでに感受性の低いMRSAや耐性MRSAがあることも報告されている。
[曽根田正己]
『三橋進・熊本悦明・島田馨編『ブドウ球菌感染症の基礎と臨床――MRSAを中心として 感染症研究会「第2回富山シンポジウム」』(1992・ライフサイエンス・メディカ)』▽『秋山武久著『MRSA感染症への対応――感染・伝播予防の実際』(1994・薬業時報社)』