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山村才助 ヤマムラサイスケ

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デジタル大辞泉の解説

やまむら‐さいすけ【山村才助】

[1770~1807]江戸後期の蘭学者・地理学者常陸(ひたち)土浦藩士。名は昌永(まさなが)。大槻玄沢に蘭学を学ぶ。新井白石の「采覧異言」、西川如見の「四十二国人物図説」を訂正・増補した。著作「西洋雑記」「印度志」「魯西亜国志」など。

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百科事典マイペディアの解説

山村才助【やまむらさいすけ】

江戸後期の蘭学・地理学者。名は昌永(まさなが),字は子明。儒学者市河寛斎(いちかわかんさい)の甥(おい)。常陸(ひたち)国土浦藩士。大槻玄沢(おおつきげんたく)の芝蘭堂(しらんどう)に学ぶ。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山村才助 やまむら-さいすけ

1770-1807 江戸時代後期の蘭学者。
明和7年生まれ。常陸(ひたち)(茨城県)土浦藩士。大槻玄沢(おおつき-げんたく)にまなび世界地理を研究。新井白石の「采覧異言(さいらんいげん)」を改訂し「訂正増訳采覧異言」をあらわした。文化4年9月19日死去。38歳。名は昌永(まさなが)。字(あざな)は子明。号は夢遊道人。著訳書に「魯西亜(ロシア)国志」「西洋雑記」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

山村才助

没年:文化4.9.19(1807.10.20)
生年:明和7(1770)
江戸後期の蘭学者,世界地理学者。才助は通称,名は昌永。字を子明,号を夢遊道人という。常陸国(茨城県)土浦城主土屋氏家臣昌茂の長男。母まきは市河寛斎の妹。江戸藩邸に生まれた。伯父市河寛斎に漢学を,大槻玄沢に蘭学を学ぶ。玄沢門弟百余名中の四天王のひとりに数えられ,寛政10(1798)年の蘭学者相撲番付に西関脇で載る。達者な語学力でオランダ語の地理・歴史書を読み,『東西紀游』『印度志』『百児西亜志』『亜細亜諸島誌』『大西要録』などを訳述した。幕命により訳した『魯西亜国志』もある。明末期から清初期の中国で活躍した西洋人宣教師の著した漢籍地理書も蘭学の知識と併せて再吟味し,『明儒翻訳万国図説考証』『訂正四十二国人物図説』などを著した。後者は西川如見著の『四十二国人物図』の批判であり,同輩橋本宗吉の世界図に対しても『六費弁誤』で厳しく批判したが,師玄沢には『環海異聞』への協力など,才助だからこその尽力がみえる。最大の業績は新井白石の世界地理書を訂正し,蘭書から新情報を挿入して原著の10倍の大著にした『訂正増訳采覧異言』の完成で,同書は文化1(1804)年幕府に献上された。38歳で病没。著作が生前公刊されなかったことから,訳稿の抜粋で綴った『西洋雑記』が死後に無断出版されたり,剽窃本が刊行された。日本の西洋史学の創始者とすることもでき,訳業は伝写されて平田篤胤,渡辺崋山,吉田松陰 など幕末知識人に海外への認識を改めさせる糧となった。<参考文献>鮎沢信太郎『山村才助

(石山洋)

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世界大百科事典 第2版の解説

やまむらさいすけ【山村才助】

1770‐1807(明和7‐文化4)
江戸後期の地理学者。名は昌永,号は夢遊道人,才助は通称。土浦藩士。地理学を好み,1789年(寛政1)大槻玄沢の芝蘭堂に入ってオランダ語を学び,世界地理学の研究に従事した。主著の《訂正増訳采覧異言》(1820成稿)は新井白石の《采覧異言》の誤りを訂し,さらに増補したもので,江戸時代を通じて最良の世界地理書と評価されている。ほかに《西洋雑記》など翻訳が多数ある。【佐藤 昌介

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大辞林 第三版の解説

やまむらさいすけ【山村才助】

1770~1807) 江戸後期の蘭学者。土浦藩士。名は昌永まさなが。大槻玄沢に蘭学を学び新井白石はくせきの「采覧異言さいらんいげん」を修し「訂正増記采覧異言」を著した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

山村才助
やまむらさいすけ
(1770―1807)

江戸中期の世界地理学者。名は昌永、字(あざな)は子明、夢遊道人と号した。土浦藩士の子として江戸藩邸に生まれる。大槻玄沢(おおつきげんたく)に蘭学(らんがく)を学び、新井白石(あらいはくせき)著『采覧異言(さいらんいげん)』の誤りを多数の内外参考書によって訂正したうえで、オランダ語地理書から訳出して大幅に増補し、1802年(享和2)『訂正増訳采覧異言』として幕府に献じた。このほか幕命による『魯西亜(ろしあ)国志』をはじめ多数の海外地誌・紀行・史書の訳述がある。幕府要職者や手写を通じて識者の海外知識源となり、思想的に開明・守旧の別なく賞賛された。没後公刊されたのは、内容が一般受けする『西洋雑記』と剽窃(ひょうせつ)本『海外人物輯(しゅう)』『改正海外諸島図説』にとどまるのは惜しい。[石山 洋]
『鮎沢信太郎著『山村才助』(1959/新装版・1989・吉川弘文館)』

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