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崔南善 さいなんぜん Ch'oe Namsǒn

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

崔南善
さいなんぜん
Ch'oe Namsǒn

[生]李太王27(1890).3.8. ソウル
[没]1957.10.10. ソウル
朝鮮の歴史家,文学者。号,六堂,公六。早稲田大学高等師範部中退。東京留学時代から李光洙らとともに西欧文学を研究し,新体詩時調 (シジョ) ,紀行文などを通じて朝鮮近代文学草創期に先駆的功績を残した。

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百科事典マイペディアの解説

崔南善【さいなんぜん】

朝鮮の文学者,歴史学者。号は六堂。ソウル生れ。早稲田大学退学後1908年帰国,出版社を設立して雑誌《少年》を創刊,朝鮮近代文学の祖李光洙の小説などを掲載。1919年三・一独立運動に際して独立宣言を起草,そのため逮捕,投獄。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

崔南善 チェ-ナムソン

1890-1957 朝鮮の文学者,歴史学者。
高宗27年3月8日生まれ。早大に入学したが,模擬国会事件に抗議して退学。帰国後,雑誌「少年」を創刊,新文学の普及につとめた。1919年三・一独立宣言文を起草し,投獄される。のち朝鮮総督府の朝鮮史編修委員,満州建国大教授。1957年10月10日死去。68歳。漢城(現ソウル)出身。号は六堂。著作に「朝鮮常識問答」など。

崔南善 さい-なんぜん

チェ-ナムソン

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朝日日本歴史人物事典の解説

崔南善

没年:1957.10.10(1957.10.10)
生年:高宗27.3.8(1890.4.26)
朝鮮の文学者,歴史学者。日本語読みは「さい・なんぜん」。号は六堂。明治39(1906)年に早稲田大学に入るが朝鮮侮辱に憤り帰国,雑誌『少年』を創刊して新文学の発展に努めた。大正8(1919)年の3・1独立運動に際し独立宣言文を起草して逮捕された。出獄後は雑誌『東明』や新聞『時代日報』を発刊するかたわら歴史研究に着手し,朝鮮民族の伝統をたたえた。昭和3(1928)年に総督府の朝鮮史編修委員会委員,中枢院参議,満州国建国大学教授に任じられるなど,日本に利用され協力した。解放後は歴史研究に専念した。日本に抵抗しながら日本に利用された悲劇の知識人。<著作>『六堂崔南善全集』<参考文献>池明観『韓国文化史』

(森山茂徳)

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世界大百科事典 第2版の解説

さいなんぜん【崔南善 Ch‘oe Nam‐sŏn】

1890‐1957
朝鮮の文学者,歴史学者。号は六堂。ソウル生れ。1906年渡日し早稲田大学に入学したが,韓国皇帝を日本華族にすることを日本人学生が主張した〈早大模擬国会事件〉に抗議して退学。08年帰国して出版社を設立,雑誌《少年》を創刊して李光洙の小説を掲載,みずからも詩を発表するなど新文学の普及に努めた。10年には〈朝鮮光文会〉を組織して朝鮮の古文献の整理・保存に力を注いだ。三・一独立運動に際して崔麟などの依頼で独立宣言を起草,自身は署名しなかったが逮捕,投獄された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

崔南善
さいなんぜん / チェナムソン
(1890―1957)

朝鮮の歴史家、詩人、思想家。号は六堂。早稲田(わせだ)大学に就学したのち帰国し、李光洙(りこうしゅ/イグァンス)と並んで新文化運動の先駆者となった。1919年、三・一独立宣言書を起草し投獄され、のち朝鮮総督府管下の朝鮮史編修委員会委員を経て、1938年「満州国」の建国大学教授。解放(1945)後の1949年、反民族行為処罰法により収監されるが、病気のため1か月で保釈された。彼の業績は、第一に、初期において各種出版物を通じて自主独立と新教育、新思想を鼓吹した啓蒙(けいもう)家としてのそれであり、第二に、国文を主とし漢文を従とする新しい文体を創造し、自ら出版する雑誌に朝鮮最初の自由詩(散文詩)を発表したほか、古典的短詩型である時調(じちょう/シジョ)を近代によみがえらせたこと、第三に、散逸する古書を収集、古典研究、歴史研究に大きな成果をあげたことである。[大村益夫]
『崔南善著、相場清訳『朝鮮常識問答(朝鮮文化の研究)』(1965・宗高書房)』

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