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川之江[市] かわのえ

百科事典マイペディアの解説

川之江[市]【かわのえ】

愛媛県東端の旧市。1954年市制。近世初期一柳氏の城下,のち天領となり,代官所が置かれた。中心市街は燧灘(ひうちなだ)に臨み,古くから伊予紙産地として知られ,製紙工業が盛んで,多くの製紙・紙加工工場が集中する。

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世界大百科事典 第2版の解説

かわのえ【川之江[市]】

愛媛県東端,燧(ひうち)灘に面する市。東は香川県,徳島県と接する。1954年3月川之江町が二名(ふたな)村を編入,同年11月金生町,上分(かみぶん)町および妻鳥(めんどり)・金田(かなだ)・川滝3村と合体して市制。人口3万8561(1995)。市名は金生川の河口を中心に栄えたことによる。中心産業は宝暦年間(1751‐64)に始まる製紙業で,その発展は明治期に普及・改良に努力した薦田(こもだ)篤平や和紙生産の機械化に成功した篠原朔太郎らの業績による。

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世界大百科事典内の川之江[市]の言及

【伊予紙】より

…現在,喜多郡五十崎(いかざき)町ではミツマタの大洲改良紙,楮(こうぞ)紙,障子紙,書道半紙等がすかれており,この大洲和紙は伝統的工芸品に指定されている。東予市,五十崎町とともに,伊予紙の三大産地の一つである川之江市は,天領に属していたので,過去の歴史は他の産地ほど華々しくはないが,江戸時代からミツマタが栽培されており,明治時代に急速に発展した。明治40年ころの最盛期には500戸以上の製紙家がいたという。…

【愛媛[県]】より

…近世の伊予は八藩による分割統治のもとにあったが,その藩領域も地形的にまとまったものである。東部から今治藩,西条藩,小松藩,そして阿波と土佐との交通要地の川之江は天領,同じく別子銅山のあった新居浜一帯も天領であった。中部では松山平野と久万盆地一帯(久万郷)が松山藩で15万石を有し,南部では大洲盆地一帯が大洲藩とその分家の新谷藩,宇和島には伊達氏の城下町があり,その分家が吉田藩であった。…

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