改訂新版 世界大百科事典 「市町村制」の意味・わかりやすい解説
市町村制 (しちょうそんせい)
市町村は2階層制地方自治制度を構成する基礎的普通地方公共団体であり,都道府県に包括される。日本国憲法改正原案には地方団体の種別が規定されていたが,GHQと日本政府の折衝を経て成立した日本国憲法は,地方団体の種別を明示しておらず,それは地方自治法をはじめとする国会制定法にゆだねられている。基礎的普通地方公共団体を市町村に区分する第1次的基準は,その社会経済的構成にある。市となりうるのは,人口5万以上であること,中心市街地形成区域内の戸数が全戸数の6割以上であること,商工業およびその他の都市的業態従事人口と同一世帯構成者人口が全人口の6割以上であること,その他都道府県条例の定める都市的施設等を有することが要件とされる。また町は,都道府県条例の規定する要件を備えていることが必要である(地方自治法8条)。
1989年時点では,日本には655の市,2000の町,590の村が存在した。1950年当時は,市235,町1862,村8346であったが,その後の市町村合併および都市化の進展によって現在のような状況となった。市町村は公法人であり,直接公選の首長(市町村長)と議会の二元的代表機関の下に,立法権(条例制定権)と課税権をもち,地方自治法2条2項に規定されているごとく財産や公的施設の設置と管理に加え,個人・集団の権利義務を規制しうる権限をもつ。この権能は都道府県についても同様であるが,都道府県が分担すべきものの基準として広域性,統一的処理の必要性,市町村にゆだねるには規模が適当でないこと等が法定されている。69年の地方自治法改正により基本構想の制定が法制化された。市町村は広範な事務を処理するにあたって議会の議決を経て基本構想を定め,総合的かつ計画的行政運営にあたらねばならない。市町村には上記の固有事務に加え,法令によって首長ないし行政委員会および団体それ自体に,多数の国政事務の執行が委任されている。前者は〈機関委任事務〉,講学上後者は〈団体委任事務〉と呼ばれる(委任事務)。市町村間には原則として権能に違いはない。だが,行政組織,事務配分について,個別法によって若干の特例が設けられている。もっとも,この区分は市町村を区分するとはかぎらず,市間における区分を含んでいることが多い。たとえば,建築主事は人口25万以上の政令で定める市(建築基準法4条),福祉事務所の設置は町村については任意である(社会福祉事業法13条)。その他,大気汚染防止法等の公害関係法により政令の定める市の長に知事の規制権限が委任されている。以上の例にみる特例に加え,政令で指定する大都市に特例が設けられており,15項目の知事権限が市長ないしその他の機関の権限とされているほか,行政区が設置されている。
→地方議会
沿革
日本で市町村制の確立をみたのは,1889年の市制,町村制の施行によってである。当初,39の市と1万5820の町村が設置された。市町村は当初より法人格をもつ地方団体とされたが,法に明文化されたのは1911年の市制,町村制改正によってである。明治憲法下における地方制度は,国政事務の執行を第一義とする中央集権的行政処理体系として構築された。市町村は自治団体とはいうものの,国の普通地方官庁たる知事の指揮監督のもとに国政事務の執行にあたった。市町村の自治事務は財産や公の施設の管理の非権力的な公共事務に限定されていた。市町村長は市町村会で選挙され,市町村を統轄し代表した。市町村長の担任事務は議決機関への議案の提出と執行,財産および営造物の管理,会計の監督,税・使用料・手数料等の賦課徴収などに加え,法令により職権に属する事項とされた国政事務の執行とされた。市町村には議決機関として市会,町会,村会が設置され,歳出入予算の議定,決算の認定,財産の処分管理などの議決権限をもったが,市町村会は制限選挙の上に市会に三級選挙制(納税額等の多寡により1票の価値に差をつける等級選挙)が,町村会には二級選挙制が採用されており,事実上地方名望家によって支配された。また市には,副議決機関として市長および市会で選挙されたものから構成された市参事会が設置され,市会権限に属するもののうち委任された事件および市会不成立ないし市長に招集する時間的余裕のないときなどに,市会に代わって議決権をもった。この政治制度自体,市長行政権限を優位なものとしたが,市町村には知事の監督権が法定されており,知事は議会(市参事会を含む)の議決・選挙の取消し,強制予算,代執行,その他行政行為の許認可権をもっていた。こうした集権的体制は1920年代の制限選挙の撤廃,知事監督権の制限によって若干ゆるめられたものの,市町村制の基本的枠組みは変わらなかった。
第2次大戦後,市町村は上記のごとく広範な自治権をもつ完全自治体となった。しかし,戦後35年余の歩みが平坦であったわけではない。およそ50年ごろまでは民主化の徹底が図られていったが,50年代に入ると教育委員会公選制度や自治体警察の廃止,議会定例会の制限,地方財務規定の強化などの中央統制が強まった。また国費負担の軽減と自治体行政の効率化を理由として,53年から町村数をおおむね3分の1に減らす積極的合併政策が推進された。60年代の高度成長期には,地域開発の推進のために機関委任事務,金融財政政策による中央統制の強化が一段と進み,また広域合併,広域行政が推進された。しかし,こうした中央集権体制による経済成長は都市問題を激化させた。60年代末から70年代に入ると経済開発優先から転換し,市民に身近な自治体として公害防止,福祉,まちづくりを重視する動きが市町村に顕著となり,自治・分権の要求が高まっている。だが,市町村が行財政面において依然として強い中央集権的な統制を受けているため,基礎自治体としての権能の発揮は難しい状況にある。
外国の市町村制
大部分の国の地方自治制度は,通常,広域的地方自治体のもとに基礎的自治体の置かれる二階層制を採用している。この意味で日本の市町村制に該当する制度は広く見られるが,基礎自治体間に種別を設けていない場合も多く,また自治権,政治制度が日本のごとく全国画一的でないことが多い。イギリスでは,1974年以来,イングランドとウェールズについて,広域自治体として大ロンドン議会Greater London Councilと6の都市県metropolitan council,39の地方県non-metropolitan councilがおかれ,その下にそれぞれロンドン市およびロンドン区(32),都市団体metropolitan districts(36),地方団体non-metropolitan districts(296)が設置されている。これらの基礎自治体の権限は一般法と特別法に規定され広域自治体との関係で異なる。議会は公選であり,立法・行政の権能を合わせもつが議会事務総長clerkが首席行政官である。フランスでは95の県départementの下に下級行政庁たる郡arrondissementがおかれ,さらに自治団体たるコミューンcommuneがおかれる。コミューンの数は3万7708であり,市町村のような種別はない。コミューンは憲法に規定された公法人であり,公選の議会が代表する。市長maireと助役は議会が選任する。中央集権的自治制度の下でコミューンの自治事務は非権力的なものに限定されているが,市長は知事の監督の下に国政事務を執行する。アメリカ各州の地方制度はきわめて多様であるが,自治団体municipality(city,town,village)の自治権は州議会の付与する憲章に基づいており,権能は画一的には規定されていない。政治制度も日本にみる首長-議会型に加え,市支配人制city manager system,委員会制commission system,住民総会town meetingと変化に富む。西ドイツも各州で地方制度を異にするが,基礎自治体は普通市Gemeindeと特別市Stadtkreisであり,普通市は都市施設,小中学校の設置,公的扶助などの自治事務に加え,多数の国政委任事務を処理する。
執筆者:新藤 宗幸
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