一般に地方公共団体の仕事のうち自らの権限と責任において処理されるものを指す。天皇主権下にあった戦前期には,国民の権利義務に対する権力的規制は国の専掌する〈行政事務〉とされ,地方公共団体は各種の事業経営や公共施設の設置と運営を内容とする非権力的な〈公共事務〉のみを処理するものとされていた。もっとも行政事務は,国がそのすべてを自らの組織,人員,財源をもって処理することはできず,知事,市町村長に執行委任されていたのである。戦後改革を経て制定された地方自治法は,普通地方公共団体の権能について〈その公共事務及び法律又はこれに基く政令により普通地方公共団体に属するものの外,その区域内におけるその他の行政事務で国の事務に属しないものを処理する〉(2条2項)と規定しているが,この後段の行政事務にかかる規定は,従前,普通地方官庁としての知事がもっていた〈部内の行政事務〉を規定しなおしたものである。地方自治体はこうした規定にもとづき,事業経営や公共施設の設置ばかりか,個人・集団の権利義務を規制しうる広範な権限をもっている。今日でも,地方自治体の仕事を〈公共事務〉と〈行政事務〉に区分する考えがあるが,主権構造が基本的に転換していることを重視するならば,積極的意義をもたないといえる。
けれども,地方自治体が広範な権限を行使しうる余地はきわめて限定されていることも事実である。地方自治法2条8,9項と別表1,2は都道府県,市町村が処理せねばならない事務の存在を法定している。また上記のように,国の事務に属さない行政事務を処理できるが,法文上の意味は不明確であり,法令によって首長,行政委員会に権利義務の規制にかかる事務が機関委任されている。このような条件下において,地方自治体は固有の権限を行使し市民福祉の向上に向けて営為しているが,それを保障する財政的基盤は弱体であり,各種の公共事業や福祉施策は国からの補助金に依存するところが大きい。また,各種の権利義務の規制は条例によることが法定されているが,長いこと国の法令基準を越える規制はできないとする指導が行われてきた。この指導は今日徐々に弱まりつつあるが,依然自治立法権の確立をみていない。しかし,こうした制約はあるが,自治体は近年独自の規制条例を工夫するとともに,指導要綱や協定を用いて固有事務の拡大を図っている。
→委任事務 →地方自治
執筆者:新藤 宗幸
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
2000年(平成12)地方分権改革以前に行われた、都道府県、市町村等の地方公共団体の事務分類の一種。沿革的に、本来国または他の公共団体に属する事務である委任事務に対立する観念としてとらえられたもので、地方公共団体の住民の福祉を積極的に増進し、そのために必要な立法を行い、財務を処理するなどの事務をいい、自治活動の本体をなすものであるが、現在では区別する実益はない。
具体的内容としては、2000年に改正施行される前の地方自治法第2条2項に規定される公共事務がこれに相当するものとするのが通説で、住民の福祉を増進するために行う各種の事業の経営、施設の設置・管理など本来の公共事務と、その目的達成に必要な団体の組織に関する事務および財務に関する事務が含まれるとされた。2000年の改正地方自治法施行により、地方公共団体の処理する事務は自治事務と法定受託事務に分類されることとなった。
[阿部泰隆]
『自治体問題研究所編『地方自治法改正の読みかた』(1999・自治体研究社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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