平和構築(読み)へいわこうちく

日本大百科全書(ニッポニカ) 「平和構築」の意味・わかりやすい解説

平和構築
へいわこうちく

平和構築peacebuildingという用語は、国際連合事務総長ガリ(当時)の『平和への課題』(1992年6月)において初めて使用された「紛争後の平和構築」に由来する。そこで定義された平和構築とは、和平協定の締結後に回復された平和を保ち、また紛争の再発を防止するために平和を強化し確固たるものにするような「構造」の構築、内戦で引き裂かれ破壊された国家や社会の諸制度ならびにインフラストラクチャーの再構築、紛争当事者の武装解除秩序の回復、難民帰還、警察官養成の支援、選挙監視、人権尊重に向けた努力の強化、そして政府の諸制度の改革または強化、とされている。

 その後、平和構築は予防外交とともに、冷戦後の国際政治の世界に一般に流通する用語となる。国際政治史上、平和構築の新しさは、国際社会による紛争後国家への組織的な干渉にある。和平協定後、荒廃し、しかも紛争再発の可能性を有している国家に対して、国連、地域機構、国際NGO(非政府組織)を含む国際社会のさまざまなアクターが多角的に関与し、平和が長続きする条件が満たされるように、政治・社会・経済の各領域の改革や制度構築を支援する。こうした外部アクター関与による平和構築事業は、国際政治史上、初めての試みである。

 平和構築の実践的活動とは、武装解除、動員解除および社会復帰(DDR)、安全保障部門の改革(SSR)など軍事領域での改革の取り組みから始まり、紛争後社会における紛争当事者双方の和解憲法制定をはじめ国内諸法の制定に向けた法整備支援、自由選挙の実施、司法制度の改革など国家の自由民主的な統治制度の建設に向けた支援、そして自由市場経済の導入による経済改革、開発支援の実施である。

 冷戦期に展開された平和維持活動(PKO)は、もっぱら国連の独占的な活動であり、しかも内政不干渉原則のうえに展開されていた。冷戦後に展開される平和構築活動は、国際社会から派遣される、軍事部門と政治部門の専門家ミッション(使節団)主導で行われ、しかもその活動は政治・軍事領域から国家制度の構築、経済開発など多岐にわたる。平和構築には、国連平和構築ミッション、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国際通貨基金IMF)、世界銀行(国際復興開発銀行)といった国際機構、さらに国際NGOが関与し、協調して取り組んでいる。これまで国連主導の平和構築は、カンボジアエルサルバドルグアテマラモザンビークリベリアボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、そして近年では、アフガニスタン、イラクなどで試みられている。それにヨーロッパ地域の平和構築の場合、OSCE(ヨーロッパ安全保障協力機構)、EU(ヨーロッパ連合)といった地域機構が主導的役割を演じており、ボスニア紛争後の平和構築では、OSCEとEUが主導し、UNHCRが協力し、さらにNGOが多数参加し、協力している。コソボ紛争後の平和構築では、国連コソボ暫定行政ミッション(UNMIK)が中心となり、その下でEU、OSCE、UNHCRが分業・協力し、ここでも多くのNGOが平和構築に貢献してきた。

 平和構築のなかでも、当該国家の政府にかわり、国連が中心となって暫定行政機構を設置して国家建設全般に取り組む大掛りな平和構築が行われることもある。こうした例として国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)、国連コソボ暫定行政ミッション、国連東チモール暫定統治機構(UNTAET)がある。いずれも国連が中心となって暫定的統治を行い、国家の政治的安定化に伴い、国家の統治権を漸次、当該国家の新政府へ移譲していった。

 国際社会の積極的関与による国家建設支援という平和構築の試みは、それまでの主権平等、内政不干渉、そして人民の自決権を基調とする国際関係規範から成り立つ伝統的な国際政治のあり方から逸脱する「新しい干渉主義」である。それにしても内政干渉がなぜ受け入れられるのであろうか。それは、ヨーロッパ周辺国の平和構築の事例では、EU、OSCE主導の平和構築は、欧米的な制度を模範とするグッドガバナンス規範の受容の暁にEU加盟とかNATO(北大西洋条約機構)加盟の道が開けるとあって、こうした国際機構への加盟動機が国際干渉の受容の背景にある。しかし、非ヨーロッパ世界での平和構築の場合、ときに、被干渉国からすれば、それは西欧的価値の押し付けと映る。そのことは、平和構築がかならずしも成功していないことに表れている。自由主義的民主制度の移植を企図するこれまでの平和構築の試みは、その多くが紛争再発を伴ったり、国内の権威主義への回帰をみたりと、不首尾に終わっている。自由市場経済の導入は経済格差を生み、また資源をめぐる新たな紛争の契機となる。総じて民族の戦争の後では、自由民主制度の定着は容易ではない傾向にある。たとえばボスニア・ヘルツェゴビナやイラクの事例にみられるように、早急な自由選挙の実施が民族対立をあおることになり、自由選挙の実施が国民統合を妨げる要因となっている。それに対して、近年、経済大国化した中国の援助外交は、欧米諸国の民主化条件付き(ひも付き)の援助外交とは異なり、ひもの付かない援助外交である。これは、グッドガバナンスへの移行を渋る国には魅力的であり、その結果、中国の援助外交が西欧的価値や制度のグローバル化を阻む要因になりつつある。

[吉川 元]

『篠田英朗著『平和構築と法の支配』(2003・創文社)』『稲田十一編『紛争と復興支援』(2004・有斐閣)』『吉川元著『国際安全保障論―戦争と平和、そして人間の安全保障の軌跡』(2007・有斐閣)』『Boutros Boutros-GhaliAn Agenda for Peace: Preventive Diplomacy, Peacemaking and Peace-Keeping(1992, United Nations: New York)』『Paris, RolandAt War's End:Building Peace After Civil Conflict(2004, Cambridge: Cambridge University Press)』

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