予防外交(読み)よぼうがいこう

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

予防外交
よぼうがいこう

予防外交preventive diplomacyという用語は、1960年に国際連合事務総長ハマーショルド(当時)によって初めて使用された。それは、超大国の間の紛争に発展しかねないような地域紛争の予防という意味で使用された。防止外交ともいう。今日的な意味での用法は、国連事務総長ガリ(当時)の報告書『平和への課題』(1992年6月)での用法に由来する。ガリは同報告書で、紛争前の予防外交、武力紛争さなかの平和強制、和平協定(停戦協定)成立後の平和維持、そして武力紛争後の平和構築の4局面において、国連の能力と方策について提言した。この報告書において、予防外交とは「対立が発生するのを予防し、現に発生している対立が紛争へ発展するのを防ぎ、そして紛争が発生した場合にその拡大波及を防止するための行動」と定義されている。予防外交は、実質的には紛争予防と同義語として使用されるようになった。また、予防展開、予防平和構築、予防人道支援といった「予防」を冠する用語が広く用いられるようになったことから、それに加えてこれらの活動はかならずしも「外交」とはいえないことから、これらの活動を総称して「予防活動」とよぶこともある。予防外交が国際政治用語として使用されるようになる背景には、冷戦の終結、それに続く民族武力紛争の勃発(ぼっぱつ)との関連がある。それまでは、国際社会は紛争解決に関与することはできたが、紛争予防に関しては、国連PKO(国連平和維持活動)にみられるように地域紛争の停戦協定締結後の紛争の再発予防にとどまっていた。しかし冷戦後には後手に回っていたそれまでの紛争解決にかわって、先手を打って紛争予防に国際社会が関与するようになる。すでに各地で発生している民族紛争の拡大または波及をいかに食い止めるか、そして各地でくすぶる民族対立が武力紛争へと発展するのをいかに防ぐかが喫緊の課題となり、予防外交への取り組みが求められたのである。
 すべての紛争が武力紛争に発展するわけではない。それに紛争というものは、社会変革あるいは政治変革の契機ともなるので、紛争の発生を全面的に予防することは望ましいことではない。予防外交の目的は武力紛争に発展すると予測される紛争の発生を未然に防ぐことにある。武力紛争の芽を早期に発見して、その芽を摘むことこそ予防外交の本旨である。予防外交で摘もうとする紛争の芽には、紛争が危機的な局面に達しており、その解決が緊急を要し、しかも危機への対応策しだいで短期的に紛争の解決が可能なものもある。たとえば、民族紛争は、放置されれば、それが民族間の武力紛争に発展する可能性があるだけに、国際社会の外交と調停によって当事者を和解させ、危機を乗り越えることが期待される。民族紛争は、その紛争の兆候も、また紛争の原因も、容易に特定することができるだけに、対応策しだいでは短期的かつ効果的に紛争を予防することが可能である。こうした紛争予防への取り組みを短期的予防外交とよぶことができよう。そして短期的予防外交の手段として、早期警報体制、事実調査団の派遣、監視団の派遣、国際機関の調停がある。
 潜在的な紛争の原因を除去することで、武力紛争を予防しようとする中長期的な視点に立つ試みもある。隣国の軍事演習や軍隊の移動を武力による威嚇または奇襲攻撃の兆候と誤解して、そうした誤解から偶発戦争や予防戦争が発生する場合がある。このような国家間戦争の予防には信頼醸成措置(CBM)が有効である。一方、国内の武力紛争は、人権を保障しない非民主的な国家の統治制度や民族間の経済格差に起因する。しかし、こうした国内紛争原因に対しては、中長期的視点に立って人権尊重、法の支配、民主制度、マイノリティ権利の保障、開発支援を柱とする、社会・政治の構造(制度)改革に取り組まねばならない。こうした長期的取り組みによる紛争予防の試みを長期的予防外交とよぶことができよう。
 予防外交の展開には、外部アクターの関与を正当化する国際関係規範の確立、また社会・政治の構造(制度)改革を求める根拠となる模範的な国家統治様式、すなわちグッドガバナンス規範の確立が必要とされる。内政不干渉原則、人民の自決権が主要国際関係規範である地域では、予防外交が展開できないからである。国連では予防外交の取り組みが始まっているものの、内政不干渉を強く求める加盟国が多いために、実質的な成果をあげないでいる。アフリカのAU(アフリカ連合)でも、ARF(ASEAN(アセアン)地域フォーラム)でも、取り組みは掛け声倒れである。それに対して、ヨーロッパでは予防外交への組織的取り組みが始まっている。OSCE(ヨーロッパ安全保障協力機構)のような国際安全保障機構が中心となって、その専門機関であるOSCE民族マイノリティ高等弁務官、OSCE自由メディア事務所、そして紛争地へ駐在するOSCEミッション(使節団)が連携して紛争の芽の早期発見に、また早期解決に重要な役割を演じている。さらに、OSCEは、事務局のあるオーストリアのウィーンで毎週1回開催される常設理事会の会合を通してヨーロッパ域内の安全保障問題の透明性を確保し、政府間レベルで国際紛争や国内紛争の早期解決につとめている。また民族マイノリティの保護と権利に関しては、ヨーロッパ安定化条約、また法的拘束力を有するヨーロッパ人権条約といった多国間条約網を敷き、その履行監視をOSCEに委(ゆだ)ねるとともに、規則違反をヨーロッパ人権裁判所に出訴できることを可能にする民族マイノリティ保護のための国際制度を確立している。それでは、予防外交はどれだけ成果をあげているか。短期的予防外交の場合、たとえば、対マケドニア予防外交の展開にみられるように、国際社会の組織的関与によって、民族紛争の原因が除去され、マケドニアは危機から脱したのであるから、それを予防外交の成果と位置づけることはできよう。しかし、長期的予防外交の場合、予防外交の成果は判定しにくい。近年、国際武力紛争も国内武力紛争も減少傾向にあるが、それを予防外交の単独の成果として評価することは困難である。民主化支援、自由化支援など長期的予防外交の手だて以外の要因も、国家の安定に寄与していることが考えられるからである。[吉川 元]
『吉川元編『予防外交』(2000・三嶺書房) ▽吉川元著『国際安全保障論―戦争と平和、そして人間の安全保障の軌跡』(2007・有斐閣) ▽Boutros Boutros-GhaliAn Agenda for Peace: Preventive Diplomacy, Peacemaking and Peace-Keeping(1992, United Nations: New York) ▽Gurr, Ted RobertPeoples versus States-Minorities at Risk in the New Century(2000, Washington: United States Institute of Peace) ▽Carment, David and Albrecht Schnabel, ed.Conflict Prevention: Path to Peace or Grand Illusion?(2003, Tokyo: United Nations University Press)』

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