中国、清(しん)代、広州(こうしゅう)(広東)の外国貿易を独占した商人団(行商(こうしょう)、洋貨行)の通称。また、広州に交易した外国商人の商館factoryをいう。明(みん)代に広州には36行の牙行(がこう)(仲買人)があり、市舶提挙にかわり外国船から徴税していた。清朝もこの制を受け継ぎ、1685年に粤海関(えっかいかん)監督を置くと、1720年には16の行商が公行(コーホン)(特許商人の組合)を組織し、漆器、刺しゅうなどを除いた主要貿易品(生糸、茶)を独占し、価格協定を結んだ。これは非参加の商人の反対にあい翌年解散したが、1726年、六家が選ばれて再興し、保商として外国船の船鈔(せんしょう)(量船税)や規礼などの関税を代徴した。1760年には同文行の潘(はん)振成が中心となり、9行でヨーロッパ貿易専門の外洋行を組織し、本港行(東南アジア貿易)、潮福行(潮州・福建貿易)から独立した。彼らは外国との貿易取引のほかに、関税の代徴に連帯責任を負い、さらに外交交渉の仲介をも行った。過重な納税負担や取引の失敗により、倒産したり外国商人から借金する行商も頻出したが、1780年からは行用銀とよばれる賦課税を定め、これを積み立てて行商の負債返還基金とし、19世紀初頭にかけて公行の全盛期を迎えた。1842年の南京(ナンキン)条約により、公行の外国貿易独占は廃止され、それ以降衰退するが、牙行組織自体はその後も商業活動を担う中心となった。西洋への窓口となったこれらの行商は、西洋の軍備、医術などを紹介したほか、怡和行(いわこう)の伍崇曜(ごすうよう)は「粤雅堂叢書(えつがどうそうしょ)」を、同孚行(どうふこう)潘氏一族の潘仕成は「海山仙館叢書」を編纂(へんさん)した。
外国商館(十三行夷館(いかん))は、行商が所有する珠江(しゅこう)沿岸の13の建物を、デンマーク、スペイン、フランス、アメリカ、オーストリア、スウェーデン、イギリス、オランダなどの商人が借用し、公行と取引をしていた。しかし、1842年、43年、56年に焼打ちにあい、現在は十三行街の名を残すのみである。
[浜下武志]
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清代の広州に設けられた外国貿易を取り扱う特許商店(洋貨行)の通称。1685年の外国貿易解禁に伴って,翌年少数の特許商人が指定されたのが始まりで,その後行数や組織,義務などに変動はあったが,南京条約成立までいっさいの外国貿易を独占した。なかには巨富を貯える者も多く,清代の代表的な商業資本として両淮(りょうわい)の塩商と並び称された。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
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