改訂新版 世界大百科事典 「建築環境工学」の意味・わかりやすい解説
建築環境工学 (けんちくかんきょうこうがく)
居住空間が具備するべき諸性能のうちで,暖かさ,寒さ,日当り,明るさ,風通し,空気の清浄さ,静かさなどの物理的性状の問題を取り扱う学問分野。いわば形にあらわれない住みごこちの良さを追求する学問ということができる。家屋のもつこれらの性状について非常に古くから関心がもたれていたことは,兼好法師が〈家のつくりやうは夏をむねとすべし〉と述べていることによってもうかがわれる。現代の建築学にあっては,特別な用途をもつ建物,例えば音楽ホールの音響設計,美術館の採光照明計画などの問題が明治年間から研究され始め,しだいに建築物の一般的な居住性能について研究するように拡大されて,昭和の初期には一つの学問分野として確立した。最初は建築衛生学,建築計画原論などの名称が用いられたが,1960年代以降建築環境工学の呼名が定着した。通常,音,光,熱,空気の4分科に分けられる。音の分野ではホールなどの音響設計のほかに,騒音を防止するため,建物の周壁に適切な吸音および遮音の能力を付与する設計手法が研究されている。光では人間が行う作業内容に応じた最適な明るさの標準を定め,これを実現するための採光設計法の研究があり,また日照問題に対する技術基準なども作られている。室内の暖かさ,寒さの環境を室内気候といい,熱の分野での主たる研究主題である。快適な室内気候を作るためには,壁の断熱や窓の日よけなど建築設計上の考慮のほかに,早くから暖房設備が取り入れられて,ここから建築環境工学で設定された目標を達成する手段としての建築設備に関する研究も行われるようになった。空気の分野では汚染防止のために戸外の新鮮な空気を屋内に取り入れる換気の問題が主要であり,必要な換気量を確保するための壁面開口部の設計あるいは換気設備の能力の決定などが扱われる。
執筆者:松尾 陽
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報