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張即之 ちょうそくし Zhang Ji-zhi

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

張即之
ちょうそくし
Zhang Ji-zhi

[生]淳煕13(1186)
[没]咸淳2(1266)
中国,南宋の書家。和州 (安徽省) の人。字は温夫,号は樗寮。米 芾 (べいふつ) ,褚遂良 (ちょすいりょう) の筆法を学んで一家をなし,筆力の強い書風を特色とし,大字に巧みであった。日本の入宋禅僧によって即之の筆跡が多くもたらされ,日本の書に大きな影響を与えた。

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百科事典マイペディアの解説

張即之【ちょうそくし】

中国,南宋の書家。字は温夫。樗寮(ちょりょう)と号した。安徽省和州の人。米【ふつ】(べいふつ)や【ちょ】遂良(ちょすいりょう)の影響を受けて,気迫に富む主観的な書風をうち立てた。
→関連項目近衛信尹

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世界大百科事典 第2版の解説

ちょうそくし【張即之 Zhāng Jí zhī】

1186‐1266
中国,南宋末期の書家。字は温夫。樗寮(ちよりよう)と号した。和州(安徽省)の人。寧宗朝の参知政事張孝伯の子。地方官を歴任し,直秘閣を授けられて官を辞した。善書をもって聞こえた伯父張孝祥の影響をうけたものか,米芾(べいふつ)を学び,さかのぼって褚遂良(ちよすいりよう)などの筆法を加味し,一種独特の書法を案出した。評価はまちまちであるが,日本からの入宋僧は喜んでその書をもちかえった。また,明の董其昌(とうきしよう),清の王澍(おうじゆ)によって相当高く評価され,王文治のように,その書法を学んだ書家もある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

張即之
ちょうそくし
(1186―1266)

中国、南宋(なんそう)末期の書家。安徽(あんき)省和州(わしゅう)の人。字(あざな)は温夫(おんぶ)、号は樗寮(ちょりょう)。官吏であったが能書をもって天下に聞こえ、伯父の張孝祥(ちょうこうしょう)の影響で米(べいふつ)を学び、遂良(ちょすいりょう)の筆法を加味した独自の書風は、禅僧の間に流行した。わが国では、鎌倉時代の1246年(寛元4)に来朝し建長寺を開いた蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)がこの張即之の書風をもたらした。その影響で入宋(にっそう)僧を通じて張即之の書を求めた者も多く、以後堂々として力強いみごとな筆跡が禅林僧侶(そうりょ)の間で尊ばれた。また江戸初期の寛永(かんえい)の三筆(さんぴつ)の1人本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)がその影響を受けたことは注目される。彼の遺墨としてわが国に伝存するものでは『李伯嘉墓誌銘(りはくかぼしめい)』(京都・藤井有鄰館(ゆうりんかん))、『金剛般若波羅蜜経(こんごうはんにゃはらみつきょう)』(国宝、京都・智積院(ちしゃくいん))、京都・東福寺の額字「方丈」などの楷書(かいしょ)肉筆遺品が著名である。[名児耶明]
『中田勇次郎編、外山軍治他解説『書道芸術7張即子、趙孟』(1972・中央公論社)』

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世界大百科事典内の張即之の言及

【書】より

…もっともこのうち,蔡襄と米芾は,伝統的な書法に深く沈潜する中から,この時代特有の清新な気風が自然ににじみ出たというべきものであるが,蘇軾と黄庭堅は,とくに顔真卿の書を拠り所として,自己の人間性を端的に打ち出し,生命観のあふれる書を作り上げた。南宋時代に出た呉琚,楊万里,范成大らは米芾を学んだが,結局その皮相を得たにすぎず,わずかに張即之が禅の教養を背景として機鋒の鋭い書を書いた。一方,南宋の中ごろから宮廷を中心として晋・唐に帰ろうとする傾向が現れ,これがやがて趙孟堅を経て,元の趙孟頫(ちようもうふ)(子昂)らの復古主義へと受け継がれてゆく。…

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