心の理論(読み)こころのりろん(その他表記)theory of mind

最新 心理学事典 「心の理論」の解説

こころのりろん
心の理論
theory of mind

わたしたちは人の行動背後に,なんらかの意図,好み,信念といったものがあり,行動に影響を及ぼすと考えている。特定の心の状態と特定の行動の間には法則的関連があり,その法則性の集まりをある種の「理論体系」とみなし,心の理論とよぶ。心の理論は,当初,霊長類学者のプレマックPremack,D.とウッドラフWoodruff,G.(1978)が,チンパンジーが行なう他の個体の心を推測して欺くように見える行動(欺きdeception)を解釈するための概念として用いた。

表象的心の理解】 プレマックとウッドラフの提案に対して,哲学者のデネットDennett,D.C.(1978)はチンパンジーの欺きは強化学習の可能性を排除できないと指摘し,ほんとうに心の理論をもつ個体は「ある人物Aが経験した状況Xが,人物Aが不在の間に状況Yに変化する。その変化を観察し,現在の状況がYであることを知っていながら,人物Aが『状況がXのままである』と思っていること」を表象(頭の中に思い浮かべること)できなければならないと主張した。

 ビマーWimmer,H.とパーナーPerner,J.(1983)はデネットの提案に基づいて誤った信念課題(210ページ図は誤った信念課題の一つで「サリーアンの課題」)を考案し,幼児に実施した。その後,この課題を用いた多くの研究がなされ,4歳になるまでは正しく答えられず,4歳から7歳にかけて正答率が上昇することが示された。また,自閉症児がこの課題に困難を示すことが明らかになり,自閉症研究に大きな影響を与えた。就学ころには障害があるような場合を除いてほぼすべての子どもが正答することができる。ウェルマンWellman,H.M.ら(2001)が行なった誤った信念課題を用いた77論文についてのメタ分析研究でも,このことは確認された。しかし,その後,注視時間を指標とした非言語的な誤った信念課題を用いた大西クリスティンとベイラージャンBaillargeon,R.(2005)が,15ヵ月児でも誤った信念を理解している可能性を示し,議論は再燃している。

 標準的な誤った信念課題の通過が4歳以降であることは大方一致しているが,心の理解の発達的なしくみについては議論が続いている。議論における立場は,モジュール説,理論説,シミュレーション説に大別される。モジュール説は,生得性を強調し,行動と心の状態の間の法則性の処理には比較的独立な処理機構が当たると考える。理論説は行動と心の状態の間の法則性の概念が発達的に構成されることを強調する。そうした概念の構成については,経験や知識の獲得により行なわれるという立場(Wellman,H.M.,1990,1993)や表象能力の発達に基づくメタ表象能力の獲得により生じるという立場(Perner,J.,1991)がある。シミュレーション説では,他者の行動の背後の心の状態の推測は心の理論ではなく,同様の立場におかれた自分自身の心の状態を類推することで行なわれると考える。

 さらに,標準的な誤った信念課題では他者の心的表象(人物Aが考えていること)を1次的信念とよぶのに対して,人物Aの考えについての人物Bの考え(太郎は「次郎が……と考えている」と考えている)のような,より複雑で入れ子(再帰)構造になった心的表象を2次的信念とよぶ。2次的信念の理解については6歳から9歳にかけて可能になる。

 日常生活での「心の理論」の例としては,うそlie(欺き)がある。意図的なうそをつくためには,他者の心の状態の理解と操作が必要である。したがって,うそがつけるということは,他者の行動と心の状態の関連の理解を示している。他人に物を取られないように隠す,怒られないように自分のしたことを隠すといった行動は1~2歳からできるが,その多くは状況依存的であり,他者の心の理解は必要ない。他者に真実でないことを真実だと思い込ませること(完全な欺き)ができるようになるのは4歳以降である。

 また,わたしたちは日常的に,考える・知る・思うなどの心の状態や働きを表現することばを用いる。こうしたことばのうち,とくに心的動詞の使用の発達は心の理解や推論能力の指標と考えられる。心的動詞の使用は2歳ころから始まるが,最初はいやなことに対して「わからない」と言うといった心の理解を前提としない慣用的使用が中心である。3歳以降には自分や他者の心の状態を表現するために心的動詞が使われるようになる。ただし,他者がある出来事をどの程度ありそうだととらえているか(確実性)の理解は4歳以降に可能になり,事実と他者の認識の関係(事実性)についてはさらに遅れる(玉瀬友美,1997)。

【感情的心の理解】 誤った信念課題通過以前の乳幼児でも,身体や情動レベルで他者と通じ合える。トレバーセンTrevarthen,C.(1979)によると,生後2~3ヵ月でも赤ちゃんと養育者の間には情動的に一体感(第1次間主観性)が成立しうる。生後9~10ヵ月には相互に意図を感知しつつ,それに応じた行動を取ることを可能にする第2次間主観性が成立する(Trevarthen & Hubley,P.,1978)。第2次間主観性の成立は行動指標としては共同注意を含む三項関係として出現する。また,他者の姿(表情)や行動から感情状態を感じ取り,自分も同じ感情状態を共有する共感性empathyを発達させていく。間主観性や共同注意を含む三項関係の成立は生得的な基盤をもつと考えられる。共感性の発達に関しては,感情状態の知覚(たとえば,一部の表情認知)といった生得的な機構による部分がある一方,文化に依存した規則の学習による部分もあると考えられる。たとえば,ある文脈においてどのような表情や態度を取るべきかは,表示規則display ruleによって定義される。表示規則は文化や社会に依存しているため,特定の文化・社会における社会的経験を通して学習される必要がある。心の理論の発達に関しては,その起源として間主観性や共同注意および表情認知といった生得的な機構に注目が集まるとともに,社会的経験による学習の側面も考えられる。そして,現在では心の理論研究は霊長類研究,哲学,発達心理学から,自閉症研究,脳科学,進化心理学,社会学などへと広範な広がりを見せており,心の理論ということばも社会的な人間の行動の一部としてのマインド・リーディング(社会的読心能力),心理化能力mentalizing,社会的知性などと関連して使われるようになった。 →共同注意 →視点取得
〔郷式 徹〕

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