日本歴史地名大系 「心月院」の解説 心月院しんげついん 兵庫県:三田市三田村心月院[現在地名]三田市西山二丁目武庫(むこ)川右岸丘陵にある曹洞宗寺院。清涼山と号し、本尊は釈迦如来。心月院世系年鑑によると、天正一三年(一五八五)羽柴秀吉が有馬(ありま)温泉(現神戸市)で入浴の際、この地に寝殿を新築。慶長五年(一六〇〇)三田に入部した有馬則頼が寝殿を西山(にしやま)に移して梅林(ばいりん)寺を建て菩提寺とした。有馬豊氏が築後久留米藩に移封後廃寺となった。寛永一〇年(一六三三)九鬼久隆が鳥羽(とば)(現三重県鳥羽市)から三田に入部すると、梅林寺跡地にもとの菩提寺鳥羽常安(じようあん)寺の覚雄是的を開山に請し、九鬼家宗廟として心月院を建立した。非常時に三田陣屋の南方を防衛する役割も担っていたという。 心月院しんげついん 青森県:八戸市類家村心月院[現在地名]八戸市類家 新寺前新井田(にいだ)街道沿いの寺町通に位置する。松峯山と号し、曹洞宗。本尊は釈迦牟尼。寛文七年(一六六七)対泉(たいせん)院三世林安(南)が同院の宿寺として開山したものといい(八戸藩史料)、同年対泉院に寺屋敷として寺町通で五〇間四方が交付されている(「八戸藩日記」同年九月二八日条)。 心月院しんげついん 愛知県:東加茂郡足助町則定村心月院[現在地名]足助町則定 年蔵連旧七里(しちり)街道沿い、集落の東端にある。石平道人鈴木正三開創の寺。則定山と号し、曹洞宗。当初、則定(のりさだ)陣屋の上、熊野(くまの)神社の東に建立されたが、明治一〇年(一八七七)頃、現在地に移転。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by