コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

心覚 しんかく

3件 の用語解説(心覚の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

心覚 しんかく

1117-1180/82 平安時代後期の僧。
永久5年生まれ。真言宗。園城(おんじょう)寺で天台をまなんだが,東大寺禅那院の珍海との宗論に敗れ,醍醐(だいご)寺で賢覚,実運に密教をまなぶ。のち高野山で兼意より灌頂(かんじょう)をうけ,常喜院を創建した。治承(じしょう)4/寿永元年6月24日死去。64/66歳。京都出身。俗姓は平(たいら)。字(あざな)は仏種房。通称は宰相阿闍梨。著作に「別尊雑記」「諸尊図像」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

心覚

没年:没年不詳(没年不詳)
生年:永久5(1117)
平安後期の真言宗の僧。字は仏種房。号は宰相阿闍梨。密教の白描図像研究家。没年は治承4(1180)年と寿永1(1182)年の2説がある。初め天台宗三井寺で受戒したが,宮中での三論宗珍海との論議に敗れて真言宗に改宗したと伝える。その後高野山に登り,保元1(1156)年に兼意より灌頂を受けたほか,実運や宝心について真言密教の奥義をきわめ,白描図像の転写・収集に努めた。後年その成果を『別尊雑記』にまとめたが,これは兼意ら4師の説を比較検討し,自ら集めた珍しい白描図像を加えたもので,密教図像集中の白眉である。<参考文献>真鍋俊照「心覚と別尊雑記について」(『仏教芸術』70号)

(矢島新)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

心覚
しんかく
(1117―1180)

平安末期の真言(しんごん)宗の僧。仏種房(ぶっしゅぼう)と号する。参議平実親(さねちか)の子。初め三井園城寺(みいおんじょうじ)で出家受戒し天台宗を学んだが、三論(さんろん)宗の珍海(ちんかい)との宗論に敗れ、その後は密教に入り醍醐寺(だいごじ)で小野流を学び、諸山で修練苦行すること25年に及んだという。名利を求めず菩提(ぼだい)を願って勉学研鑽(けんさん)し、『別尊雑記』など多くの著作を残した。高野山(こうやさん)に登ってから一寺を建立し、常喜院(じょうきいん)と号して住した。東密と台密を兼ね合わせた事相(じそう)の派をたて、その一派を常喜院流という。[平井宥慶]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の心覚の言及

【別荘】より

…日常居住する住宅とは別に,保養,避暑,避寒や自然的な環境のなかでの遊楽などを目的として建てられた住宅で,古くは別業(べつぎよう),別墅(べつしよ),別庄(べつしよう)などとも呼ばれた。別荘を建てる習俗はかなり古くからあり,ローマ帝国や古代中国などの皇帝・貴族がすでに多くの別荘を建てていた。古代ローマではローマ東方の高地にあるティボリや地中海のカプリ島にウィラと呼ばれる別荘が営まれ,中国では長安の東にある温泉地驪山(りざん)などが皇帝の別荘地として有名である。…

※「心覚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

心覚の関連キーワード阿波閑々子弘法大師蓮體順翁紹応瑜伽乗院亮深普門円通覚勝院亮怒杲海俊海成賢

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

心覚の関連情報